「せんぱーい。先輩の好きな野菜はなんですか?」
あたしは軍手をはめた指先でちいさな葉っぱを抜き取りながらきいてみた。
ところで、ここは冬のわりにはぬくぬくあったかいハウスの中である。
そして、あたしは「はたけサークル」の部員である。一応、副部長。
そしてそして、先輩―長身でスタイルが良くてそりゃぁもうカッコイイ―がもうひとりの部員で部長。部員はふたり。
今年度が終われば、この「はたけサークル」はしばらく活動休止になる。
先輩が、卒業しちゃうのだ。
もう一度いうけど、先輩はカッコイイ。
もちろんだけど、あたしは野菜が好きで畑が好きでこのサークルに入ったわけじゃない。このことは、口が裂けてもいえないけど。
入学式の日、生まれ持った方向オンチが災いして校舎裏の畑に迷い込んだあたしに、まるでここはお花畑で、キラキラなんかが光ってるんじゃないかというほどのスマイルでいったのだ。
サークルに入らない?って。
ああなんてドラマチックな出会いだろう。
あたしは二つ返事でオッケーした。
もうそこが、はたけサークルだろうがサバイバルサークルだろうが落とし穴サークルだろうが関係なかった。
一目ぼれってやつだよ、ひとめでフォーリンラブ。
最初はもう2、3人いたような気がするんだけど、いつの間にか卒業やらしていって、部員はあたしと先輩だけになっちゃったってわけ。
でもこれまでの3年間弱で、あたしは先輩のいろんなことを知ったんだ。
畑を荒らしてたネコを追い出すどころか、いつの間にかなつけちゃうところとか。
軍手のまま鼻をこすって鼻を黒くする癖がいつまでも治らないところとか。
畑いじりに熱中しすぎて暗くなってしまった帰り道には、ちゃんとあたしを送ってくれるところとか。
でもいつも道を間違いそうになる方向オンチ疑惑なところとか。
ルックスは抜群なのに、なぜか畑に熱を注いでいるために案外モテないところとか。
たとえふたりしかいない寂しいサークルでも、あたしは先輩がいるから楽しくて幸せなんだ。
それでもついに、先輩が卒業する番がまわってきてしまったのだ。
先輩はなんとも優秀で、願っても留年なんてしてくれない。
あしたはクリスマスイブ。
どうせ野菜の世話しにくるのはわかってる。
ついにあたしも、約3年分の賭けに出なくちゃいけないの。
「うーん。ほうれんそうかなぁ」
先輩はまのびした声でそう答える。ああ、また鼻をこすってるよ。
「ほうれんそうですか?? へー、先輩ポパイに憧れてます?」
ききながら半笑い。
だって、先輩とポパイはかけ離れすぎてる。
「いや、それは……ヤマダは?」
「あたし、にんじんです」
あたしの前の方で背を向けてしゃがみこんでる先輩がぷっ、とふきだした。
「えっ、なんですか」
「いやぁ、やっぱり、かわってるなぁと思って」
あはは、と先輩は声をあげて笑う。
ほうれんそうが好きな人にいわれたくないですって。
その日、あたしはさっきまで雑草を抜いてやっていたほうれんそうを、先輩にみつからないようこっそり抜いて帰った。
先輩にぴったりなプレゼント、つくってあげる。
メッセージはどうしよう。
先輩のことにんじんよりも大好きです、なぁんて。
ほうれんそうショコラ![]()
(15cm角型1コ分)
<スポンジ>
卵2コ
砂糖50g
薄力粉20g
ココア20g
牛乳大さじ1
作り方![]()
ボウルに卵と砂糖を入れ、ハンドミキサーでもったりするまで泡立てる。
薄力粉とココアを振るいいれ、牛乳を加えてさっくり混ぜ、型に流して170℃に余熱したオーブンで18分焼く。
<クリーム>
卵黄1コ分
砂糖50g
薄力粉大さじ2
牛乳1カップ
バニラエッセンス(バニラオイル)、ブランデー少々
ほうれんそう100g
作り方![]()
ほうれんそうは熱湯で1,2分ゆでて、細かく切る。
ボウルに卵黄、砂糖、ふるった薄力粉を入れ、牛乳を少し加えてよく混ぜ、残りの牛乳も加えてよくまぜる。
これをレンジに1、2分ずつ、とろりとしたクリームになるまで加熱する。(そのつどよく混ぜる)
クリームにお好みでバニラエッセンス、ブランデーを加える。
できたクリームをほうれんそうとあわせてミキサーにかける。
