遠くの壁を見渡せるほどの広さは、容赦なく孤独感を抉ってくる。
その時点に気づいた違和感は外に繋がる扉のような類のものがない。
つまりどうやって入ったのかも解らない、どうやって出るかも解らない。
自分が寝そべっていたベッド。圏外でまっさらの状態の携帯。
部屋にはそれ以外なにもない。
使い物にならない携帯は、今の時刻すら教えてくれない。
壁を小突いてみても、隠し扉すら見当たらない。
目覚めてすぐにも関わらず、どうしようもないのでその日は眠りについた。
その後何日も睡眠に費やした。
全てのことから解放された気がして、心が真っ白になっていくのを感じた。
なんとなく距離が近くなった気がした。
床を這いずり回り、天井に目を凝らして調べても、通気口や窓らしきものもない。
壁を蹴ろうが床を殴ろうがビクともしない。
自分の立てる物音以外は音すらも無い。
どれだけ考えても、あの日この部屋で目覚める直前のことは全く思い出せない。
いつ、どこで眠りについたか。眠る前、私は何をしていたか。
まるで都合のいいところだけ修正テープを貼り付けられたような感覚。
…また距離が近くなった気がした。
寝て起きた時にそれに気づいていなかったわけじゃなかった。
向き合う壁と見上げる天井が日に日に近くなっていることが。
この部屋の外に思いを馳せて、気づかないふりをした。し続けた。
数日ほど現実から目をそらした。
もうこの謎の部屋からの脱出は諦めていた。
今私は誰かに探されているのだろうか?
そもそも私を捜し求める人などいるのだろうか?
そんな疑問が渦巻くようになっていた。
ある日静かなはずの部屋が悲鳴をあげていた。
否、悲鳴を上げていたのは自分が寝そべるベッド。
いつのまにか手を伸ばせば届きそうなくらいに低くなった天井。
明らかに迫っていてベッドをきしませている壁。
もう認めようと思った。
この脱出不可能な部屋は、どんどん狭くなっていっているということを。
認め始めると同時に恐怖が襲いかかってきた。
圏外が機内モードに変わっていることも気付かずにひたすらに惰眠を貪った。
死ぬかもしれない。死ぬかもしれない。
そう思うと、意識を閉ざさずにいられなかった。
ついに鉄骨のベッドの足元が歪んで、もう足と頭に壁が接しているのに恐怖を煽られ続けた。
思わず真っ直ぐ立ち上がった時、頭をぶつけた。
見渡すほどあった白い白い部屋は、もう四隅に手が届いてしまう。
あの日の目覚めから、どれくらい経ったのだろう。
床ずれを作る頃には、もうベッドの原型はなく、膝を曲げなければ収まりきらず、寝返りも打てない。
悲鳴をあげ続ける鉄骨は、意識を閉ざすことを許してくれない。
ついに唯一自由の効く手で携帯を握り締めた。
微弱な電波が立っていた。
圧迫されながら、もう私は終わりなのだと、大切な人に連絡をしようと思った。
もう起き上がることも、腕を伸ばすことも出来ない。
背骨が痛み出してきた。
身体中が軋み始める中で、痛みに耐えながら呼び出し音を聞いた。
今や四面は私の身体を圧死させようとしている。
どこかの骨が折れる音がした。
鉄骨は原型が分からなくなるくらいぐにゃぐにゃに曲がっている。
視界が暗くなってきた。
よく見たら真っ白だった部屋が赤黒く染まっている。
応答がない。
もう視界は携帯の光を捉えることすらもできない。
軽やかに骨の砕ける音がする。
「─只今、電話に出ることが出来ません。ピーという発信音の後に、お名前と用件を…」
それを最期に全ての感覚を手放した。