こんにちは
むーちゃんが産まれて3月であっという間に2歳を迎えました
桜の咲く季節に産まれたことは記憶の思い返しに役立ちます
桜が8分咲きの頃に突き出たお腹の大きさに驚かれながら
これから頑張ろうねと話しかけて歩いたこと
去年は2人でベビーカーで何度もお散歩をして
散りゆく桜吹雪に小さい手を伸ばして花びらを掴もうとしていたむーちゃん
2016年の桜が咲きいちばん変化していますのは
去年一緒にお花見散歩をした義父が家に居ないということ
むーちゃんの事を誰より可愛がった義父は
1月にある手術の為に入院して2週間で戻る予定でしたが
意識が戻らないまま2ヶ月が過ぎてようやく目覚めましたが
自分の意思では身体を動かせない状態になってしまいました
(医療ミスと言うわけではありませんが割愛します
)
命あるだけでもいいと思わなばなりませんが
2週間後には帰宅して自宅療養をすると誰もが疑いもしなかった事が
私の人生で初めて起こったことにずっと泣き崩れていました
どんな時もベビ待ちを応援してくれて
妊娠が分かった時には電話口で感極まった義父
酷い悪阻の時も私が食べられる物を買いに行ってくれて
性別が男の子だと分かった時に思わず私に抱きついたのも
メモ帳に男の子の名前をたくさん書いて
でしゃばるつもりはないけど参考にして
と渡されたことも
こうして思い返して打っているだけで涙ぐみます
夏には自宅の駐車場にプールを作るのも後片付けもしてくれました
気候のいい時期は毎日むーちゃんを公園に連れて行ってくれました
むーちゃんはおばあちゃんより遥かにおじいちゃんの方が大好きで
おじいちゃんの部屋に靴を持っていって散歩の催促や
遊びに来たよその子さえもあっという間に惹きつける
ママ友さんの中でもちょっと有名な人でした
義父母が昨年温泉旅行から帰宅してむーちゃんと対面した時に
お前に一番会いたかったよ


こんなに可愛いとものとは思っていなかった
と抱き寄せて
誰にも聞こえない声で呟いていたのを偶然聞いてホロリとした日も
手術の前にお見舞いに行ったときには
じいじはむーの為に頑張って元気になって帰るからね
今日は本当にありがとうと私にまで深々と頭を下げ
たまらず私も涙が出てしまい義父の涙も初めて見たのです
意識不明の状態からなんとか目を覚まして
義母や義父のきょうだいや私の家族もお見舞いに通っていましたが
(むーちゃんはICUには入れず私はお留守番
)
目を合わせる事はあっても朦朧としているのか反応は薄いままで
ある日パパが何気なくむーちゃんの動画を見せた瞬間に

義父が顔をくしゃくしゃにしてボロボロと涙を流し続けたと
私もそれを聞いてもう
大号泣しました


その日同席していた私の家族も孫を強く想う義父にもらい泣きしたようで
義父にとっては実際目の前にいる息子より孫の存在の方が絶大なようです
ここまで打った文章を見るとほとんどが過去形な私
義父は生きているのに過去形になってしまうのが悲しいです
いつか今までのようには戻らなくても起き上がってご飯を食べたり
会話が出来るところまで回復してほしいと願うばかりです
義父が退院したら食べるはずだったすき焼きの季節は流れ
目を覚ましてから私も久々に会いに行きましたが
食事は点滴からですし自分の意思では動けずを目の当たりにして
ショックで涙がこぼれました
リハビリの先生は義父はこれ以上ないと言うほど頑張っておられますと
話せなくても起き上がれなくてもなんとか元に戻りたいという意思は
合わせた目によって私にも伝わりました
こういう時なんと言葉をかけていいのか分かりませんが
今後も出来る限りの事をしていくつもりです
ここまで何かの機会で読んでくださった方も
今の毎日はあたりまえではなく突如として一変するかもしれないことを
こんな私に少しでも感じてくれたら幸いです

むーちゃんが産まれて3月であっという間に2歳を迎えました

桜の咲く季節に産まれたことは記憶の思い返しに役立ちます

桜が8分咲きの頃に突き出たお腹の大きさに驚かれながら

これから頑張ろうねと話しかけて歩いたこと

去年は2人でベビーカーで何度もお散歩をして

散りゆく桜吹雪に小さい手を伸ばして花びらを掴もうとしていたむーちゃん

2016年の桜が咲きいちばん変化していますのは

去年一緒にお花見散歩をした義父が家に居ないということ

むーちゃんの事を誰より可愛がった義父は

1月にある手術の為に入院して2週間で戻る予定でしたが

意識が戻らないまま2ヶ月が過ぎてようやく目覚めましたが

自分の意思では身体を動かせない状態になってしまいました

(医療ミスと言うわけではありませんが割愛します
)命あるだけでもいいと思わなばなりませんが

2週間後には帰宅して自宅療養をすると誰もが疑いもしなかった事が

私の人生で初めて起こったことにずっと泣き崩れていました

どんな時もベビ待ちを応援してくれて

妊娠が分かった時には電話口で感極まった義父

酷い悪阻の時も私が食べられる物を買いに行ってくれて

性別が男の子だと分かった時に思わず私に抱きついたのも

メモ帳に男の子の名前をたくさん書いて

でしゃばるつもりはないけど参考にして
と渡されたこともこうして思い返して打っているだけで涙ぐみます

夏には自宅の駐車場にプールを作るのも後片付けもしてくれました

気候のいい時期は毎日むーちゃんを公園に連れて行ってくれました

むーちゃんはおばあちゃんより遥かにおじいちゃんの方が大好きで

おじいちゃんの部屋に靴を持っていって散歩の催促や

遊びに来たよその子さえもあっという間に惹きつける

ママ友さんの中でもちょっと有名な人でした

義父母が昨年温泉旅行から帰宅してむーちゃんと対面した時に

お前に一番会いたかったよ


こんなに可愛いとものとは思っていなかった
と抱き寄せて誰にも聞こえない声で呟いていたのを偶然聞いてホロリとした日も

手術の前にお見舞いに行ったときには

じいじはむーの為に頑張って元気になって帰るからね
今日は本当にありがとうと私にまで深々と頭を下げ

たまらず私も涙が出てしまい義父の涙も初めて見たのです

意識不明の状態からなんとか目を覚まして

義母や義父のきょうだいや私の家族もお見舞いに通っていましたが

(むーちゃんはICUには入れず私はお留守番
)目を合わせる事はあっても朦朧としているのか反応は薄いままで

ある日パパが何気なくむーちゃんの動画を見せた瞬間に


義父が顔をくしゃくしゃにしてボロボロと涙を流し続けたと

私もそれを聞いてもう
大号泣しました


その日同席していた私の家族も孫を強く想う義父にもらい泣きしたようで

義父にとっては実際目の前にいる息子より孫の存在の方が絶大なようです

ここまで打った文章を見るとほとんどが過去形な私

義父は生きているのに過去形になってしまうのが悲しいです

いつか今までのようには戻らなくても起き上がってご飯を食べたり

会話が出来るところまで回復してほしいと願うばかりです

義父が退院したら食べるはずだったすき焼きの季節は流れ

目を覚ましてから私も久々に会いに行きましたが

食事は点滴からですし自分の意思では動けずを目の当たりにして

ショックで涙がこぼれました

リハビリの先生は義父はこれ以上ないと言うほど頑張っておられますと

話せなくても起き上がれなくてもなんとか元に戻りたいという意思は

合わせた目によって私にも伝わりました

こういう時なんと言葉をかけていいのか分かりませんが

今後も出来る限りの事をしていくつもりです

ここまで何かの機会で読んでくださった方も

今の毎日はあたりまえではなく突如として一変するかもしれないことを

こんな私に少しでも感じてくれたら幸いです
