憲広が謎の人と接近戦を仕掛ける。
殴っては防ぎ、
殴っては防ぎの連続だった。

圧してる?
いや圧されてる?


正直目がついていかない。


凄いな憲広。


…実際俺も感心している暇はなく、
仕掛けなければいけない。


謎の人の横から長い木?いや棒?で撃ちにかかる。

不意打ちを仕掛けられたからには
不意打ちを。


少し汚いことを恥じる代わりに
背後でなく横から行くことになっている。


ちょっと気分が高揚するのは気のせいだろうか。

敵を切る前の武将はこんな気分だったのだろうか。


棒を振りかぶる。


もらったァッ。


心の中で叫んだ喜声。
だがその喜声とは裏腹に
振り下ろそうとした棒は
俺の頭の上で止まった。


もしこのまま殴ってしまったら
こいつは死んでしまうんじゃないか?


意外とカクカクしてるし…
打ち所悪いと…俺、殺人犯?
いや正当防衛か?

その一緒の躊躇いが命取りだった。


―――ガッ


右の頬に衝撃が走る。


防御も何もしてなかったが
想定以上の破壊力で殴られた。


「おい正輝!!!」


フォローしようとした憲広も当然恰好の餌食となる。


―――ドスッ

腹部に蹴りが入れられた。


「すまん憲広。」


「死んでしまえ。」


あ、あれ?

彼、こんな人でございましたっけか?


「次は真剣にやれよ。
命懸けっていえば命懸けなんだからよ。」


そう言った憲広の瞳はすでに目の前の敵を見据えていた。


悔しいけどこんな憲広は見たことない。


その悔しさが後押ししたのだろうか。

いやまた別のものかもしれない。


一種の切替とか決意とかだと思う。


俺もまた謎の人を見据えていた。



「あーあ、ノックダウンしてくれればよかったのに」


「わりーな細いの。
てめぇがぶっ倒れるまでは俺達は立っていれるんだよ」



「若いねー。
だが、そんなこと言っていられるのも
今のうちなんじゃねーか?」


余裕。
彼からはそのような言葉が感じとれる。

となれば俺達が狙うのは…


憲広が再び攻めにかかった。


憲広は全力と感じる拳で殴りにかかるが
謎の人はそれを当然のように防ぐ。





「…フフフ」


謎の人は笑いながら立ち上がる。


それと同時に殺気のようなものも効力を増した。


「お前たちが何をしたか?
いや、まだ何もしていないだろう。
だがな、俺達にとってお前たちは
生きていられたら困るんだよ。」


罪を犯す恐れのある人を
犯す前に殺す。


今の法律上そんなことが許されているはずがない。


彼の雰囲気から察する限り
あながち嘘ではなさそうだ。


「そんなことはどうでもいい。
おい少年。確かフカイノリヒロだったか?」


「そうだ、脚の細いの。」


黒いやつ、不気味なやつ、
いろいろ表現があるなかで
脚の細さを見出だすとは思わなかった。


「…、貴様この俺に刃向かったな。
人間の分際で。」


人間の分際という言葉が
彼の非人間説を肯定する。


「貴様は破壊する。
残りは殺す。
それでいいな?」


「よくねーよくそったれ。
俺はな…」


憲広がいいかけたときだった。


謎の人が憲広の足元を崩しにかかった。


謎の人はまた少し笑ったかと思うと、
目にも留まらない速さで
体勢が乱れ転んだ憲広の顔面に
踵落としを放った。


―――ガシッッ。


2人は止まっているように見える。


いや、止まっている。


憲広が踵落としを受け止め、
その脚を掴むという離れ業をやってのけたのだ。


そう、憲広は武術を習っていた。


空手、剣道、合気道、ボクシング。
俺が知ってるのはこの程度。


あとはなんだかわからない名前だったので、忘れてしまった。


一度だけ憲広が1級上のやつと
喧嘩したのを見た。


確か原因はクラスメイトが
カツアゲされたこと。


非常にジャスティスな面を持っている。


そのまま蟹挟みで謎の人をゆらつかせると、
憲広は距離をとった。


「正輝、お前が弱いのは知ってる。
だけど加勢してくれないか?」


「もちろんだ。
そして俺は弱くない。」


近くにあったお手頃サイズの材木を手にとる。


…持ちやすい。

材木としての役割が感じられないほど。


俺も剣道だけはやっていた。


剣道は憲広よりも優れている自信がある。


「はっ、強がりは手柄取ってから言うんだな。」


互いにニッと笑う。


そして謎の人と対峙する。


攻撃開始だ。





「ん?お前はサガミマサキか?
なんで生きてるんだ?
瓦礫に埋もれてるはずじゃないか。」


あのとき見た人影。
コイツだったのか。


「まあまた殺せばいいさ。」


さっきと同じ笑いを見せる。


2度目だがあの笑いは俺達を凍らせる。


今の俺達は蛇に見つめられた蛙だ。


と俺は思っていた。


「それじゃあな。
あと2人も殺すから待っとけ。」


謎の人は右の掌をこちらへ向ける。


何をしてくるかはわからない。


だが彼が俺の家を破壊したと考えると
悔しさを恐怖が凌駕し、
俺の両足は振るえていた。


まるで彼からなんらかの
オーラを感じとり、
俺達はそれを"死"という
象徴に変換していたのかもしれない。


「だ…だから家に…私の家いようって言ったのよ…。」


渚が俺の服を掴みながら、
蚊の鳴くような声で
つぶやいた。


最初から渚は俺達のすべき行動のみを伝えてくれた。


それを俺達は
いや、俺は断った。


何の根拠のなく。


俺達は自分達が仲のいいものだと
過信していた。


だけど
俺達はお互いのことを理解していなかったのだろうか。


そうでなければ
過ちはきっと生まれない。


俺が少しでも渚を理解していれば…


渚の家を出るときに
少しでも自分の意思を替えることができたら…。


「…逃げよう。」


彩がハッとした声でいう。


しかし俺は動くことができない。


足が言うことをきかない。


ふと憲広を見た。


見ると憲広と目があった。


そのとき確か憲広は笑った。


そして彼は前を向くと、
信じられない初速度で
謎の人へ向かっていった。


「ふざけんなァァッ」


憲広が右ストレートを
謎の人の頬へ食らわした。


予想外だったのだろうか。


もろに喰らって
5m程後方へ飛んだ。


「俺達が何をしたって言うんだ?
なんで俺達は殺されるんだ?
おい。
立てや。
てめぇが理由を白状するまで
ぶん殴んぞ?」