もうすでに2年以上前の話になるが、以前に書いた北びわこ号の記事でも触れた、2年前の秋に、敦賀機関区(JR西日本敦賀地域鉄道部敦賀運転センター車両管理室)にて開催された「さよならトワイライトEXP機関車公開」イベントへ行った話を。
トワイライトエクスプレスの定期臨時運転(元々トワイライトEXPは通年臨時列車であり、定期列車とは呼ばないし、トワイライトの臨時運転がなどと呼ぶとなにか違和感もあり、その後「特別なトワイライトエクスプレス」が団体臨時で運行しており、元々のトワイライトを臨時と表現するのは尚更ややこしい気もするので、定期臨時としてみた)の終焉が、来春に迫った2014年11月。
インターネットで何気なく検索していたら、敦賀の機関区で公開イベントが実施されるとの情報が。
最初は「ふーん」くらいにしか思ってなかったが、こんな機会なかなかないぞと。
詳しく調べてみると、開催はなんと今週末。(その日は木曜日)
迷っている時間もないのだが、嫁は第二子を絶賛妊娠中、つわりの真っ最中。
一応、話はしてみるが行くわけはなく。
(あまりこういったモノに一人で行くのは、なにか気がひけるので、基本一人ではいかない)
すると嫁は、息子を連れて行って来たら?と。
イヤイヤ、まだ息子とふたりで遠出なんてしたことないし、イキナリ福井県かよと。
でも、息子もかなり鉄に侵されてきているし、ママじゃなきゃいけない子ではないので、ふたりだけでも大丈夫な気もするけども、新米パパはちょっと不安なんです。
しかし、なにかその場の流れで当時1歳半の息子を連れて、さらにつわりの嫁を泣く泣く置いて(笑)出かけることとなった。
せっかく息子とふたりなので電車で行くことにし、ついでに敦賀駅で大阪行きのトワイライトエクスプレスを見送ろうと。
トワイライトエクスプレスの敦賀駅到着が10時36分なので、名古屋を8時50分発のしらさぎに乗ればちょうどくらいの時間となる。
だがしかし、朝がめっぽう弱い私。休みの日の朝くらいはゆっくりしたい。
じゃあいいや。米原まで新幹線で行こう!
ということで、名古屋9時19分発、米原9時44着のひかりに乗り、米原でしらさぎに乗り換えることとした。
(オイ!なんだよ、そんなに出発時間かわらないじゃないか!)
ちなみに、しらさぎ号と新幹線の時刻は2017年1月現在の時刻表からなので、当時の時刻と異なる可能性もあるが、大体こんな時間だったはず。
そして当日、自宅から最寄りの名古屋市内の駅から電車に乗車し、名古屋駅で新幹線に乗り換えるのだが、名古屋では少し時間に余裕があったため、別のホームへ。

313系8000番台(元セントラルライナー)
武豊線直通のキハ75形
313系8000番台
2013年まで中央西線で運行されていた座席指定制の速達型快速列車セントラルライナー用の313系。外観が他の313系と大きく異なり、内装も特別仕様。
当時からセントラルライナーの他に快速、普通列車でも運用されていた。また一般の313系や他系列とも併結し、中央線のみでの運用となっている。
キハ75形 区間快速
区間快速として名古屋から大府まで東海道線を走行し、大府から武豊線へ直通する。
2015年の武豊線電化に伴い武豊線と東海道線から撤退、これで名古屋以東の東海道線で気動車が見られなくなった。
現在キハ75形は関西線から紀勢線などを経由し鳥羽まで行く快速みえ号や、高山線、太多線などで運用されている。
そして新幹線に乗車、25分ほどで米原到着。新幹線の改札を出てしらさぎの出発する在来線ホームへ下りると、なんと大混雑。
なんだこれは?これは俺たちと同じ列車に乗る乗客なのか?と少し困惑するものの、しらさぎ号はすでに入線済み。ちょうど先頭車両同士の連結部が目の前だったので少し人混みをかき分け、、、

クモハ683+クハ682+息子
そして、その人混みを横目に683系しらさぎ号に乗り込む。
車内は特に混雑もないようなので、ホームの人混みはこのしらさぎ号の乗客ではないようだ。
しらさぎ号は名古屋と北陸を結ぶ特急列車として1964年に誕生。
運転開始時は485系(481、489系含む)にて運行され、一時期一往復のみを583系(581系含む)で運転されたことや、485系のパノラマグリーン車編成が使用された時期もあった。
米原発着だった特急加越、きらめき号もこのしらさぎ号に統合され、現在はJR西日本の681系(一部683系)で運転されており、全ての列車が金沢発着となっている。
そして、しらさぎ号は米原駅を出発。するととなりに青い電気機関車が。
すぐ隣の線路なので、車窓から至近距離での確認しかできなかったが、EF65だと確信する。
いまどきこんなところに電気機関車が停まっているなんて、これは何かあると思い、そのあと走行中の車窓をキョロキョロするものの、その何かは見つけられなかった。
30分ほど乗車しまもなく敦賀。

敦賀到着直前に列車は今日イベントが行われる機関区の横を通過。車窓から会場となる機関区を見てみるものの、残念、会場自体は確認はできず。
そうしているうちに敦賀駅に到着。
ここ敦賀には幼少のころから家族で何度か訪れていて、この駅の南側の北陸線上の鳩原ループ線に行ったり、そのループ線に実際に乗車してみようとたまたま訪れた日に、機関車牽引の旧型客車による普通列車の最終日で、さよなら運転が行われていたりしていたこともあった。
さらにここ数年でも、特急雷鳥や419系の引退前、日本海やトワイライトなども目的で何度か訪れており、上りトワイライトエクスプレスに乗車したときも、ホームに降りて機関車交換を見物したことなども良い思い出だ。(息子もこの数か月前に経験済み)
そして、またこの数か月後にもトワイライトとのお別れをしにくることとなるのだが。
到着したホームの向かい側がトワイライトエクスプレスの到着する番線なのだが、そこにはトワイライトより先に北陸線か小浜線の普通列車がやってきて、そして発車していった。
そして待つこと数分、トワイライトエクスプレスがやってきた。

寝台特急トワイライトエクスプレス
2015年に引退したJR西日本の豪華寝台特急。専用の24系客車を用いて、大阪-札幌間を約24時間かけて結んでいた。本州区間では専用のEF81が牽引し、上り(大阪行き)列車はこの敦賀でEF81同士で機関車の付け替えを行っていた。
私は今の嫁と2度、2011年と2014年(このときは息子を含め3人で)の、どちらも夏に上り大阪行きのツインとロイヤルに乗車した。
この場所でこうしてトワイライトを迎えるのは何度目だろう。そしてこの光景もあと少しで過去ののものとなる。
到着ホーム側で待ち受けるときは機関車の先頭ではなく、この位置。
機関車と客車の連結部を予想してスタンバイ。
そう、みんな大好き機関車交換作業を見物するため。

本日の牽引機は114号機
EF81の114号機は、私とは結構縁のある機関車で、初乗車時の敦賀からと、2度目の乗車のときの敦賀までの牽引機だった。トワイライト仕様のEF81の中で最若番機。
いつもは直ぐに機関車と客車の連結が解かれるのだが、今日はその様子すらない。
もしやと思い、ホームで待機するトワイライトエクスプレスの乗務員氏に聞いてみると、今日は機関車の交換は行わないとのこと。
なるほど。よく考えてみれば、機関区でイベントを行っており場所的なものや、人員的なことで制約があるのだろう。
ただ、ここで機関車の交換をしないとなるとこの114号機、敦賀-大阪-青森-敦賀の運用を2連続でこなすのだろうか?(このあと宮原で交換するなどの特例処置などあったりしなかったのだろうか?)ちょっと気になってしまった。
機関車の付け替えを行わないのならば、ここに留まる理由はないので、客車を見物することに。

最後尾は電源車カニ24 14 9号車はオハネフ25 502
電源車カニ24 14は1976年1月に宮原客車区に新製配置。富士重工業製。
9号車オハネフ25 502の種車はオハネフ25 41。1976年2月に日本車輌製造にて新製、1989年に鷹取工場にてトワイライト仕様へ改造。Bコンパーメント車。
ということで、この日の編成は第2編成と判明。
8号車はオハネ25 562(種車オハネ25 86より改造)Bコンパート車。
7号車はオハネ25 512(オハネ25 51より改造) ツイン。
6号車はオハネ25 523(オハネ25 43より改造) ツイン、シングルツイン車。

5号車はオハネ25 524
種車はオハネ25 55で1974年に日本車輌製造にて新製。吹田工場にてトワイライト用として改造されたB個室のツイン、シングルツイン車。6、5号車は同形車。
トワイライト初乗車のときもこれと同タイプの車両だった。

4号車はサロンデュノール オハ25 552
種車はオハネ15 39。1977年に新潟鐵工所にて新製。
1989年鷹取工場にてトワイライト用サロンカーへ改造。
1989年鷹取工場にてトワイライト用サロンカーへ改造。
屋根までかかる大きな窓が特徴。

3号車はレストランカーダイナープレヤデス。スシ25 2
種車は電車の食堂車サシ489 4。1972年落成。1988年に鷹取工場にて24系化改造され、のちにトワイライト仕様へと変更された。
2号車はスロネ25 502(種車はオハネ25 53)。1号車はスロネフ25 502(種車オハネ25 89)。
ともに、ロイヤルとスイートのA寝台車。
2号車は2度目のトワイライト乗車時と同タイプの車両。
1号車には展望タイプのスイートを備える。
電源車を含む10両の24系客車を息子と写真を撮りながら見物。
1歳半の息子の目にはどう映っていたのだろう。
そろそろ出発時間も迫ってきたので、先頭部へ移動する。
そして10時52分。終点大阪まで、ちょうどあと2時間のトワイライトエクスプレスは大勢のファンに見守られ、ゆっくりとホームを離れ、走り去っていった。

息子と二人で見えなくなるまで見送った。
トワイライトエクスプレスがいなくなり、さっきまで多くのファンと乗客で賑わっていたホームが今は日常を取り戻していた。
そんな中を息子と二人でゆくっりと、余韻を味わいながら改札口へ向かった。

改札の前にはこんなポスターも。
改札を出ると、今回のイベントのシャトルバスの案内が出ている。
この敦賀駅、さすがに幼少期に訪れた時のことは覚えていないが、数年前に訪れたときは、いかにも昭和のローカルなターミナル駅という雰囲気を醸し出していたが、その後来るたびに工事によって駅舎や駅前の雰囲気が変化している。
このときは、工事真っ最中で、工事区域を囲う背の高く白い仮設の壁が目立っていた。

そして、シャトルバスの乗り場に到着。
結構な人が順番待ちをしており、どれくらい待つのだろうと思っていると、バスが到着するたびに一気に列が進む。
15分ほどし、バス待ちをし始めてから3台目くらいに到着したバスに乗車することができた。
駅から会場までそんなに距離はないのだが、結構な渋滞で時間がかかった。
バス待ちの時間も考えると、大人の足なら駅から歩いたほうが早いのかもしれない。
しばらくし、バスは目的地に到着した。
そしていよいよ、機関車公開イベントの会場へ。
続く