『彼』は、巨大なアリーナを見上げていた。
幾らかの掛け金――賭け事など端から楽しむつもりではなかった彼にとって、それは観戦費のようなものであったが――を払い、単純な殺し合いとそれを楽しんでいる客とを一頻り眺めてから出て来た足で、再び巨大な闘技場を見上げているのだった。
白く輝き光を降らす太陽を背に聳え立つ闘技場から、彼はつと目を反らした。
当面の目的地にしていた帝都に辿り着いた記念すべき日。
けれども彼の心中は、少なくとも頭上に広がる晴れ渡った空ほど明るいものではなかった。
向かいから、一人の女が彼の佇む方角へと近寄って来るのが目についた。
鱗を持たない種族を見極めることは彼にとってとても難しいことであったが、これまで培ってきた知識から推測するに、女はまだ娘と呼んでも差し支えないほど若いように見えた。
しかしただの市民ではないことは、彼女が身に着けている華奢な身体に不釣り合いの重厚な鉄の鎧と鎖帷子、腰に下げた片手剣や背負った大きなバックパックなどといった旅装を見れば分かる。
殆ど忘れかけていた、旅の道連れを見つけるという帝都までやって来た当初の目的を思い出す。
少し若すぎると思わなくもなかったが、彼としても相手に求めるこれといった条件があるわけではなかった。
鱗を持っていても持たなくても、若くても老いていても、男でも女でも良かったのだ。
ただ声を掛けた自分に答え、避けて通ったりしないような人であれば。
彼女に声を掛けようと思ったのは、『何となく声を掛けやすそうだったから』と表現するしかない。
それはただの直感に過ぎなかったし、いつもの彼であれば直感などという曖昧なもの、一笑に付して撥ね除けていただろう。
けれども因習の違い、常識の差異は厚い壁となって立ち塞がり、その中に住む人々は彼が歩み寄ることを頑なに拒絶した。
誰でも良かった。自分の歪んだ視野を正し、この土地の常識に解け込むきっかけを与えてくれるような人であれば。
一心に視線を向けるアルゴニアンに気付いた彼女はふと足を止め、辺りを見渡して再度顔を戻す。
周囲には誰もおらず、アルゴニアンが自分を見ているのだと知った彼女は、微かに怪訝な表情を浮かべたものの、目を反らすことも避けて通りすぎることもせずに足を止めて彼を見返した。
頭上に広がる空と同じ晴れやかな色の瞳が彼の姿を写している。
彼女の行動に励まされた彼は、緊張に強ばる口元を緩めようと大きく息を吐き出し、ゆっくりと歩み寄った。
「やあ、調子はどうだい?」