おおきなミモザの木の下で。

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子育てを通して考えていることの備忘録です。
子育て×システム思考で子育ての中にある矛盾の落とし所を見つけたいと思っています。

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うしろめたい出産

 

 出産には自然分娩と帝王切開による分娩のふたつがありますが、帝王切開で出産をした母親が「陣痛を経験していないということが後ろめたい」と感じることは、珍しいものではないと思います。

 

 私も「産みの苦しみ=陣痛」だと思っていたので、陣痛を経験せずに帝王切開で出産したことにうしろめたさを感じていましたが、それでも前向きに産後の時間を過ごしてこられたのは叔母の存在が大きかったと、今になって思っています。

 叔母は、自身も二人の子どもを帝王切開で産んでいたので、私が帝王切開での出産に決まったときも応援してくれましたし、術後の痛みで大変なときもずっと付き添ってくれました。

 小さい頃から叔母のお腹にある帝王切開の傷を何度も見せてもらったこともあり、「ここから赤ちゃんが生まれた」と話している叔母を見ていたので、私の中には帝王切開での分娩に対する違和感はまったくありませんでした。

 叔母のお腹の傷は縦なのですが、私の傷は横。麻酔も私は硬膜外麻酔。縫い方や麻酔のし方も時代で違うんだね、などなど帝王切開トークができたことも、私のメンタルヘルスにとってはとても良かったのだと思います。

 まさに、家族内ピアサポートでした。

 

 そしてもうひとり、忘れてはいけないのが主治医の先生。

 この先生は帝王切開で3人のお子さんを産んでいる方で、長女出産時は「3年経ったらまたおいで」と言って送り出してくれました。

 同じ立場で話すことができる人が身近にいるかいないかは天と地との差があります。

 ピアサポートの威力を知っているからこそ、帝王切開での出産当事者として、ママたちを元気づけることができれば、と思います。さっそくなにか始めようと思います。

 

たよりない母の存在

 

 一方で私の母は自然分娩で私を産んでいますが、出産のときに気絶をしていて気がついたら赤ちゃんが生まれていた、というエピソードの持ち主。私は先生にお腹を押してもらいながら自分で出てきたのだそうです。

 たよりない母ですが、がんばって出産した、という美談を持たないことで、私の子育てへのプレッシャーを取り除いてくれる存在です。

 いつも笑顔でやさしくて、子ども思いで、お料理も上手。

 そんな理想の母親像から程遠い母のもとに生まれたことで、幸い、私は母よりはちゃんと子育てをしている実感をいつももつことができています。

 母からは、人に頼ることを学びました。

 ちなみに母は料理も苦手で、父がかなりサポートをしていました。

 

「ふつうに」「ちゃんと」産むとは

 

帝王切開で出産した人への言葉で、「ちゃんと産めなかった」「普通に産めなかった」というものがあります。

ちゃんとってなんでしょうか

ふつうってなんでしょうか。

 

最近手にした「帝王切開で出産したママに送る30のエール(横手直美/中央法規)」にはこんな言葉がありました。

『実は私も「ちゃんと」という言葉に囚われていた1人。出産方法に優劣をつけていたのは私だから、この言葉がひっかかっていたのかもしれません。正しい知識をもった今なら胸を張って「帝王切開でちゃんと産みましたよ」と答えられます。』

 

 正しい知識で武装することは、無責任に投げかけられる言葉に一喜一憂しないメンタルヘルスのバリアになりそうです。