【〜という名のもとに】
人は、よく、「〜という名のもとに」、自分の行動に正当性を付与し何かをしたりする。
でも、
心から、我が子を愛する親なら、
心から、子どもたちの幸せを願う大人なら、
例え、
それが「大義」、「正義」…という名のもとのものであっても、
無邪気な、天使のような
子どもたちの心に、
負の感情:
恨み、妬み、不安…
の種を植え付けたり、
何かによって仕分けたり、固定された「観点・先入観」でしかものを見ることができない、狭い視野でしかものを見ることができないようにしてしまったりしないだろう…❗️
また、その「大義」、「正義」…は、誰の為のもの?
人が掲げる「大義」、「正義」…は、
本当は「誰の為のもの」で、「何の為のもの」か、
言われるがままでなく、
ちゃんと自分の頭で考えたことあるだろうか⁉️
宗教的信仰を持っているわけではないが…
神様は、我々人間に、平等に、
「考える力(頭脳)」と「愛しむ力(心)」を与えてくたさっていると思う。
神様は、その「力」をどのように使うかは、一人一人に委ねられていると思う…
「尊重」こそが「真の愛」だから…❤️
すべてが、個人の、自己責任で、「原因と結果」の「摂理」のもと、それこそ、「平等」という名のもと、時空を超え、いずれかきっとその「結果」を報いてもらうことになるだろうから⁉️
今は、良くても、
今は、辛くても、
今は、苦しくても
…
一寸先は闇…
すべてが、後の楽しみ🥰👿🤡🤢
