創作ファンタジー小説 with

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何やらファンタジーな世界で旅をする女の子の物語をつづっています。

お暇がありましたら、お付き合いくださいませ。

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 商人が馬をせかしたおかげか、どうか。

 蔦のアーチの前に私とラルフが飛び降りた時には、まだ玄関のあたりで揉めていた。

 一人はラルフより少し年上らしい青年。

 一人は、私よりいくらか年下らしい少年。

 二人とも上等なものを着ているけれど、掴みあいの喧嘩のせいでところどころ無残に破けてしまっている。

 あぁ、なんてもったいない。

 なんて言っている場合では無い。

 口々にわめき合いながら拳を振るい爪を立てあう二人に駆け寄ろうとしたところで、青年の方が腰のポケットから折り畳みナイフを取り出すのが見えた。

「馬鹿っ」

 身分とか、何とか。

 一切合財、頭から吹き飛んでいた。

 私は大声で罵倒するなり、青年のナイフを持った手に飛び蹴りをかましていた。

 ナイフがあさっての方向に吹っ飛んでいく。

 素早く、ラルフが青年の腕をひねりあげつつ地面に押し倒した。

 地面に這いつくばった青年はラルフにのしかかられたまま、口と目をまん丸に空けている。

自分に起きたことが理解できないらしい。

私は背後に庇った少年を横目でみやった。

すると、少年は肩で息をしながら私を無視して青年をにらんでいた。

 玄関の奥、扉の近くで、黒衣に身を包んだ上品な老婦人が立ちすくんでいる。

 その顔は青ざめ、強張っている。

「奥さまぁ!お怪我はありませんかぁ?」

 息を切らしながら駆け寄ってくる商人の、どこまでも気遣いにあふれた声に、老婦人の顔がほんの少し落ち着きを取り戻した。

「可愛い御屋敷ね」

 口をついて出た言葉は、嘘じゃない。

 立派な家はここに来るまでに何度か見たけれど、いくつもの煙突をもつ三角形の屋根は幅広で、確かに御屋敷と呼ぶにふさわしい大きさに見えた。

 そして、他の家と同じように木と漆喰で出来ているのだが、ところどころにダイヤとハートの図案が組み込まれた、なんともメルヘンチックな作りの御屋敷なのだ。

 私が食い入るように見つめていると、商人さんは自慢げに胸を反らせた。

「こちらの御婦人は私の長年の御ひいき筋でしてな。若かりし頃はその美貌と知性、そして上品な立ち居振る舞いから、社交界の白百合とまで言われた御方でしてねぇ。若君が爵位を継がれてからは、夫君から贈られたこの別荘でつつましやかにお暮らしなのですよ」

 そう言って、どこか懐かしげに遠い目をする商人。

 年齢不詳の商人、もしかしなくても結構な年なのかもしれない。

 そんなことを考えながら、私は可愛らしい御屋敷をじっと見つめた。

「あれ?」

 私は、思わず目をこすって御屋敷を見直す。

 蔦のアーチに囲まれた鉄門の向こう、玄関のあたりで誰かがもみ合っているのが見えた気がしたのだ。

「賊、か?」

 ラルフも身を乗り出して目を凝らす。

 商人が唾を呑む音が妙に大きく聞こえた。

 再び荷馬車の御者席の上で目を開けた私が見たものは、何処までも続く豊かな麦畑。

 その時々にポツポツと立つ小さな木と漆喰の家が、青々とした世界に色彩を添えている。

 広大な青空の下、風がそよぐたびに輝きを放つ青麦のしなやかさに、私は目を奪われた。

「すごい。こんなに広大な麦畑があるなんて」

 寝ぼけた声で呟くと、頭の上から笑い含みの声が降ってきた。

「ココ。良い夢は見られたかな?ちなみに、今見ている景色は夢じゃないぞ」

 からかうようなラルフの声に、私は唇を尖らせた。

「そこまで寝ぼけないわよ」

 言いながら身を乗り出そうとして、気づいた。

 またしてもラルフの肩を枕にしていただけでなく、ラルフのマントまでかけてもらっていたのだ。

 ずり落ちかけたマントを慌てて抱えて、私はラルフに差し出した。

「ありがとう。暖かったわ」

 素直にお礼を言った私に向かい、ラルフは眩いものを見るかのように目を細めた。

「そう。それは良かった」

 言いながら、大きな手でそっと私の頭を撫でてくる。

「ねぇ。私は嬉しかったけれど、寒く無かった?少しは眠れた?そっちもろくに寝ていないんでしょう」

 私が問うと、ラルフの背後からラルフのものではない小さな笑い声が聞こえた。

 こらえようとして失敗した、そんな笑い声だ。

「申し訳ないですなぁ。ついつい。いやはや。私のおしゃべりにお付き合いいただいておりました。もうすぐ私が紹介したいご婦人の家に到着しますから、そこでならゆっくりお休みいただけるでしょう」

 何がそんなにおかしいのか、お腹を抱えた商人は目尻に涙をためて言ってきた。

「ほら、この道の先。綺麗な二階建ての屋敷が見えるでしょう?」

 笑いの発作をこらえるようにしながら商人が指さした先を見て、私は目を見開いた。