久しぶりに情報を一気に入れてしまってキャパオーバーらしいw。

 

落ち着いて書きたい事、思っている事、まとめます。

 

衝動性での失敗ばっかだな・・・最近。さじ加減・・・・・・そもそも強火一択な私に出来るかな。

出来るかどうかはやってみないとね。

 

 

というわけで三日坊主でおしまい。

なんとなくいつもの就寝前の薬でも寝付けないので色んな「発達障害」を育てている親のブログをみせていただいてたり、して更に寝れなくなってふと浮かんだ事を書きたい!! これがADHDの衝動性ですねw

 

旦那さんがアスペルガー、お子様がADHD(ただし年齢もありグレー)、お母様には発達障害はない御様子。

 

 

あーって。あーあーあなんかこの構図どっかで聞いた事のあるよな他人だことじゃないようなー・・・うーん・・・あっ。

 

うちの家族だって。

 

 

正確にはとーちゃんは診断は受けてませんが、生前の祖父・その母(私のひーばちゃんで生まれる前に他界)も戦争に行ってるじーちゃんなので発達障害なんて、はの字どこをか その h すらないくらいの時代を生きていた人です。

たぶんそのお子様がいるお母様は私よりお若いと思われるので。色々情報も増えた分大変なのかなと思ったんです。

ちなみに発達障害のカバーする範囲のものは大抵口を濁しつつ書かれてますが私は遺伝すると思う。

さらに言うならば、そんな父の父系はアスペルガー気質、父の母系は目立って「障害」に出てませんがADHDよりはまぁあるかもですねw

母の両親では祖父の家系はアスペルガーよりで祖父はかなり気質は強かったと思います(祖父は数年前他界)。祖母の家系は診断こそ誰もされたはいないですがメンタル面の弱さは今思えばADHDとHPS(だっけ?この言葉すきくないので間違えてるかも)の掛け合わせの上で二次障害ががんがん出てます。それは身体的な病気も含めるなら遺伝子的には一番生き辛い家系ですかね??

 

 

つまり遺伝が100%とするなら発達障害がカバーする範囲の全てが備わっている私は発達障害の血統書付き雑種みたいなサラブレットです。

 

あーだから親が認知症になるくらいダメなクズなのかーで現実は誰も頷かないでしょう。

まるでひとりっこで父と母に養われてるうちの家族は不幸の極みに見えるのかなと。

 

 

なんてことは実際はないです。むしろ父とはもう障害ではなく認知症がどんどん入ってくると思われるので理解し合えないかもしれませんが大好きで大切な父でそれだけは変わらない。そのくらい愛されてきただめな子です。

障害、障害、繰り返しても遺伝で生まれつきのそれは「障害」と親が言えばその子にも「障害」になるかもしれません。

でもADHDなんて今は軽く「個性」って言われてます。

 

大人になって発達障害で苦しんでいる方ならなんとなくわかると思うのですが、ADHD故の経験が深刻な二次障害になるともう「精神病」です。「障害」と「精神病」どっちがイメージが悪いのか私にはわかりません。

 

少なくともアスペルガーなんて言葉がなかった頃に結婚して私が生まれて成人過ぎてかなりたって世間に広まった「発達障害」。

それまでは「発達障害」者は当然0人だったでしょうねw

だからなのか。私も私の親戚も不幸だって嘆く人も、障害を持つ子供の育児も経験してません。

実際母のほうのいとこはやはり二次的なものとして「パニック障害」「欝」そのたもろもろ辛いって思われるものも診断として付いています。

その親にあたるおばちゃんは診断こそないけれど多分、母よりも私として似ていて「ADHD」「HPS(だっけ)」の気質がかなり強いです。

でもそれこそ指定難病?でしたっけに入る方の病気のが辛そうです。いつだって全力で確かに頑固とも言えるそれは全力で姪の私に行動と言葉に表して(いるだけで伝わりますがw)愛してくれます。大切だよって言ってくれます。

 

そもそもアスペルガー・ADHD・その他の発達障害とその二次併発で患う病気。

あっても障害じゃないしまわりも本人も気づかないまま幸せになっている人だっている。

 

 

今の発達障害はこれから大人になる子供のためにあるべきだと思うんだ。

その試行錯誤の生きてる実験体として私を好きにされるのは構わない。

でも少なくとこそれは今の子供が不幸なんて知らない生まれてきて良かった!って笑える大人になって欲しいから。

 

離婚して子育てなんて未経験ででももうおばさんでニートで社会のクズでそんな私みたいな大人にもう「発達障害」が理由でなる人がいなくなって欲しい。(私はただの自業自得です)

アスペルガーの主人の事が分からない、そこでストレスを抱えるのなら離婚して子供に惜しみない愛を言葉と言動で包んで欲しいなーって。

大人になって「発達障害」だから「仕方ない」なんて甘えを許すことないよ。しかも夫婦っていう関係でその信頼を損なう事をしてしまってその「信頼」を回復することが不可能って言うならアスペルガーだってADHDだって本人も辛くて苦しくても夫婦として相手の苦しみに気づかないとかだと側にいて理解しよーって優しい性格ならそれこそ「削られる」でしょうね・・・・・・

それこそHPS??なんか繊細で過敏な気質がある子供はもう全部見えてると思う。見えてるというか感じてる。母親の不安・焦りそんな感情に多分敏感でその子の性格や行動傾向によっては(年頃によるだろうけど)母親に対して「せめて自分はいい子でいなくちゃ」みたいな思いに行き着くかも知れない。本人もそんな思考を自覚できる年じゃなければ余計に。

それがその子のストレスに繋がるとは限らないとは思う。それこそADHD気質ならその気質の強さよりもそれこそ「個性」とかいう凸凹、得手不得手によるかなって。

 

確かにアスペルガー気質の強い父にADHDでメンタルが豆腐な娘との会話はどっちも気力が「削られる」。

その「削られた」ものを「信頼」に私はしてきた。

自己肯定を高めてあげる、それはそんな難しいことじゃない。誰から否定されてもそれこそかーちゃんがそれこそ「がんばったね」と言って(小学生から高校までなら多分効果は高いはず!!・・・・・・まったくの根拠はありませんただの経験からの妄想です)抱きしめてくれれば他人の否定で自己否定なんて生まれないかもしれない!かもしれない!!少なくともかーちゃんを信頼してれば絶対!!

少なくとも親子でだって「信頼関係」を作る・そしてそれを守る、それを置いてきぼりにして「親子」って関係だけで親の言うことは時期によっては反抗感や、自己肯定の低さに繋がる芽が植えられるのかもとか。

 

(ここで寝落ちて久しぶりに布団じゃないとこで熟睡してしまった)

 

 

 

あとはネットで知識を得るよりも実際にそういう講演や経験者の情報で学んだり経験する方が「楽な」家族関係を作りやすかなってぱっと浮かんだw私の場合父譲りのアスペルガーも全くない事もないのでどれがどう原因でどんな思考になってるのか自分でもまだ分からないw

会話の話題が迷走するのはADHDだろうけどコミュニュケーションの方はアスペルガーかなーとか。ちなみに私のコミュ障は人見知りや空気を読めない系よりも距離感の感覚の欠如からくる人見知り出来ない方です。あとはそれを衝動性が背中を蹴ってくれるので、初対面の方に自然に(観光地とかで隣になった人とか)話してたりして・・・・・・相手がびっくりされて初めて「やっちまったーーーーーーー!!」と気づく感じですねwまぁそこは空気をよんで?吸って?変えて?穏やかにフェイドアウト戦法か年上の方なら意外と話が盛り上がったりする事もありますが、それこそ大阪のずうずうしいおばちゃん的な感じであえて空気を無視して相手の方が不愉快を感じる前にトンズラ戦法かなーなど自覚があるので相手になるべく不快感を与えないようにしますけど。

これが逆に友達とか距離が近くなると難しい・・・・・・マジむずぅって感じで現在はそれこそ小学校時代からの友達くらいしか会ってません・・・・・ここ数ヶ月はそんな友達とも会ってないけど。その子達もそんな「障害」とか持ってなくてもとっても辛い時期や困難を乗り越えて来てて、私のそれと友達のそれの何が違うのか馬鹿だから分かりません。

そう分からない!これは「発達障害」「認知症」なんかの家族にすごいストレスになるものみたいですがそもそも人間なんて相手の全てを「分かる」なんてないのが当たり前じゃん!!ってかーちゃんはじーちゃんの認知症の介護からばーちゃんの介護を少し(後半はばーちゃんの隣の県にいるおばちゃんが)してましたがじーちゃんのときは年単位で関東・関西を行き来してました。幸い前半は私は結婚をまだしていてちょうど最後の元旦那様との共同生活中でしたが。なのでまだ仕事をしてた父は自分の生活を自分でするだけで私の介護?はほぼ1年もなかったかな??まぁ父はその間で「家事」の大変さを経験して、今までは手伝うという発想もなかったのに母が少し帰宅が遅れたり別の家事をしてる時に選択を取り込んだりと手伝うようになったとかーちゃんが言ってましたw

でも元々「家事」にたいして文句もいう発想もない人でしたけど。その分「頼まれない」としない人です。頼めば理由のない限り大抵してくれるみたいですねwかーちゃいわく。ただそれこそ今のお母さんとして毎日が戦い!!って人の親の世代なので子育てに協力するという概念も社会的にあまり浸透してなかったのもあるのかな??運動会とかあっても趣味のテニスに行ってる様な父でしたwそれにかーちゃんも不満がなかったので私も特に何も思ってませんでしたww今も特に思うところもありません。むしろ当時は田舎の方とは言え東京だったので運動会でも給食でしたし、後のかーちゃんの言葉曰く妹も弟もいない私の運動会でかーちゃんととーちゃんで昼食べるとかそっちのが侘しいでしょと言われればなるほどって感じですw

まぁADHDなのは生来性ですが二次併発の症状も含め病名・症状・精神状態も成人後ははちゃめちゃでまだすねかじってもう骨だけになってそれでも働けないっていう私に焦んなくてもよくね??とはいう親バカというか愛されてますので。

そんな親不孝の代名詞な私でもじーちゃんが認知症になる前の私との生活や通っている病院での家族会などからその経験がかなり役にたったと言ってくれたので親孝行はまだ出来なくとも少しは役にたったみたいです。

過集中が未だ酷く、家事どころか基本ほっとくと俗に言う「汚部屋」になる流行りの片付けられない系女子が可愛いレベルな私が、そろそろ子供をって頃に環境や自分のそれ(その頃は発達障害との診断はなかったけど過集中と後に呼ばれるもの)がどれだけやばいかは自覚してたので不安だって相談したら親なんて子供と一緒に成長して親になるんだよーと、でも孫の顔を見たいなんて一言も言われず、嫁ぎ先の事情で子供はいつか産んで育てる選択しかないのも知っていたので離婚後は孫の顔を一生見れ合い可能性がほぼ確定していても特に言われることももちろん、私のが気にしてもともかく一人で私が生きていける事が可能ならそっちが先で、むしろ産まれても困ると笑ってます。再婚すら頭にない私にまぁ決めつけなくてもいいとはいいつつ、結婚が向かないのはかーちゃんのがわかってるのかなとか思う。

それでも人と人の縁は神様の試練より多くそして恵まれてるのでそのまさかがないとも限りませんがwwいまならぎりぎり高齢出産にならないのかな??母の頃では30歳でも高齢出産だったらしいけど、医学の進化ですかね??思えばお産が命懸けだった時代もそんな昔でもないのかなーとADHDの時間の流れが人とは違う私が思っても現実はそうじゃないのかもですね。

 

まぁそんな感じで生まれた時から人の縁に恵まれてこの両親のもとで産まれ育った私は「発達障害」やその他もろもろ精神面の医学で分類される遺伝型のそれを集めた最高傑作なダメ人間ですが幸せです!ダメ人間なのはあくまで私が馬鹿だからで、さてこれからどうちょっとダメな人間にクラスチェンジするかという壁で立ち止まってましたが父の認知症が始まってるなーと昨日自覚し母も自覚してたという事で思わぬ形で父に背中を押してもらえましたww

でも焦ってもいい事もなく、その結果精神面の崩れでリカバリーの遅さの克服が出来てないのでなるべく精神的な波が揺れないように私は私のやるべき事をしてきます。後でかーちゃんにもうちょっと(曖昧)時間くださいってお願いしてきます。外に出て散歩で疲れきる体力とネットですら情報の多さでオーバーヒートするフィルタリングの皆無。その辺をどうしていくか。どうしたいかは決まってきたので病院でお世話になっている方たちと相談していきたいなってとこです。

 

まぁーつまりかーちゃんは強いと世の中言われてますが、かーちゃん歴が長ければさらに強いだろうし、でも他人にはどうってことのない事でも人によっては苦痛でストレスな事があるのは障害とか関係なく当人には深刻な問題だと思います。

ただ自分のしなくちゃいけないって思いは、本当にそうなのかなって一回くらい疑って欲しいなって。頑張っている世の中のお母さん、子供のためにって頑張っているお母さんほど、環境や子供との相性で苦しんでるのかなってのを見ると、周りの理解があるなら自分に厳しくしすぎてないかって疑って「上手な自分に合う」手抜きをうまく見つけられるといいなーとか親になったこともない私は簡単に言っちゃいますw

だってそこまで頑張っているお母さんがつらいって理不尽に思えちゃうんだもん。周りで子育てしている友達やいとこもいるので聞こえてくる話題にやっぱり「育てやすい子」はいるし「手を焼く子」もいるんだと思います。でもまぁそれが辛いっていう身近な話は聞きませんが。入院中に育児ノイローゼで入院された方と出会ってすっごくすっごく真面目で子供を大切に思ってるから育児ノイローゼになったのかなと思うくらい真面目でまっすぐなお母さんも、国際結婚で離婚も視野に入れているけど日本の方が子育てには環境がいいと悩んでいるお母さんも、年下でも3人の子供がいるお母さんも私には母の強さを見せ付けられる場面がいっぱいでした!!確かにどれだけ私がいきがろうとあの「母の強さ」だけは到底持てない!!

そんな一方で保健士さんの昔の職場のことを聞くと子供を生んだ=母じゃないとも思わされる今でもその子供のことを思うとぶわって切なくなる話も聞きました。子供が「発達障害」で悩んでいるお母さんは母親です。中には育てにくさや相性の問題で子供が憎いって感情に一瞬支配される方もいますがお母さんの強さの見せ所でもあり、それは子供のためにもまずお母さんの心身の健康!特に精神面!それが揺らぎそうだったり揺らいでしまったらそちらの改善に集中して欲しいなって思いますが環境で出来ないって更にストレス抱える事もあるかもしれない。なら持つ必要のないストレスを持つ必要はないし、ともかく親だから一人で全部しようなんて無茶はしてほしくないなって・・・・・・。

友達でも実家でも公共施設でも頼れるところがあるなら頼っても何も悪くもないし、公共施設なんて私と違ってちゃんと所得税払ってる方には当然利用する権利もあるんですし!!でも障害者のための公共機関全てがいいものとも・・・・・・ごにょごにょ。

でも発達障害の親に対しては理解があるところが多いとも思うし!揺らぎそうくらいなら思い切って頼れるものは頼って自分を削られることなくまた頑張って欲しいって思いました!!だって子供にとってお母さんはお母さんで変わりはいない。でもさ、でもさだからって頑張りすぎてお母さんがいなくなる可能性を思えばすこーしだけお母さんの休憩は悪いことに思えないんですよねー・・・・・・

周りのお母さんはできてるのにとかそれこそ、よそはよそうちはうちで、許される家族や実家があるならひとりで出来ない事まで頑張らなくてもいいのにってそこまで頑張ってたらお母さんが病気になっちゃう(´;ω;`)とネット越しに泣いてたりするスネカジリおばさんです。

こんな失敗作な子供でも、そんな事思ったこともないって逆に笑われてでも失敗作でもなんでもいいってかーちゃんが言ってくれるので、ちょっと不格好なくらいに死ぬまでになりたいなw出来れば親が健在な時までに!!

親孝行で親に返せるものはもう先に死なないくらいしかないですが、たっくさんくれた愛情は返したいと思える人に出会うたびに返していきます!今までお世話になった色んな人から頂いたものも。ご本人に返せるものはないし何をしても足りない恩です。だから優しくしていただいた分、困ってる人にもらった優しさを渡したい。そのために体力つけて精神的にうまく生きてくコツを試行錯誤する時間をかーちゃんにもらいにいってきますw

前回の記事を書いてから1年経ってないとか。マジかよ。え?マジ?と、携帯で書きながらパソコンで3度見した。

タイトルすら忘れてたのに。前回あの入院から3年と言っているので年を越したこの春からは4年前になるのか。5年位経ったつもりでいた。

なのに去年の記憶は春が来たかなーと思ってたら真夏が、終わって秋と冬の間の季節になってて、そして桜がもう散った?散ってる??
そんな感覚。つまり冬が終わって真夏まで引きこもり、夏が終わる前にまた引きこもって秋が終わりかけてから冬前にまた、引きこもってようやく今に至るのだが。
4月1日までほぼ4ヶ月1歩も家から出ず、自室からも必要最低限しか出ない生活がやっと通院出来るレベルになった程度なので絶賛引きニート万歳である。
ちなみに無収入なのは4年どころではないので割愛。障害年金さまも貰えていないので退職した親のスネがそろそろやばいのは事実だけど。

じゃあ働けよと思う。自分でも思う。思うだけで出来るならそろそろ2桁になるニートなんてしてないと胸を張って言う。
威張ってる訳でも自慢でもないけれどそれが事実で嘘も偽りもない本心だから。

前回は触れなかった、精神科に通院する病名は「発達障害」のADHDであります。明らかに脳みそが原因の先天性の発達障害です(私の場合は)。でも障害としては精神です。身体には決して分類はされず、知的障害は伴わないので、なんか精神障害です。脳みそは体ではないという事かな?
と冗談はここまで。

発達障害のADHDがなぜ生来性のものなのに精神障害なのか。答えはADHDだろうと障害じゃない人も当然いるからでしょうね。障害の定義やらは何基準とかまで知らないのですが、簡単に言えば生活に困る事、らしいので確かに精神障害枠であってると私は思ってます。
基本的に発達障害のカバーする範囲は広く、なかでもADHDあたりは「個性」なんて言う場合もあるくらい人それぞれで、その上環境や周囲との関係次第ではどれだけその傾向が強くても生活になんの支障も感じることも無く、それこそ世間的には勝ち組になる、経営者とかお医者さんとか法曹界にもいると思う。
どんな障害なの?ってのは親切なサイトが沢山あるのでそちらへどうぞ。
私の感覚で言うなら、得手不得手が人より多くて大きいかな?得意な事は出る杭の如くでも、苦手な事はどう足掻いてもまるきり何が出来ないのかすらわからないレベルで出来ない。しかも同じADHDでも得意な事が同じはずもなく、苦手な事もしかり。
大抵の傾向として親切なサイトで書かれているものは、衝動性、多動性、注意欠如、でカバー出来る他人からも自分でもわかりやすい。見えやすいもので、それらで生活にお困りの場合はお近くの信頼出来る病院へどうぞ。多分結構楽になれると思う。
私は精神科歴かれこれ2桁越えで4年前にやっと!やっと!効果が実感出来る薬と出会えたのでその点は楽になれた!
まぁ副作用が酷い感じで出てるけど、そこはそれこそ根性で生命維持だ!と食ってます。食欲減退。なんですが出る人は酷く出るかもとは聞いてたけれど、色々複雑な心境で1年で40キロ近く落ちてく脂肪を見てました。細い女の子一人分じゃん!と思いながらもまだ年齢と性別、身長の平均少し下位はキープ出来てるはず!最近体重計乗るの忘れてるけど!

まぁ4年前にデブと言われたら、もう少し頑張ったらデブ専で働けるんだけどねーと言える程度のデブでした。デブのメリットも満喫してて、ただ動きずらいとかの行動のデメリットは煩わしいなぁくらいで不満も恥ずかしいとか分かんなーい。好きでデブしてるしと言えてたのが!!
むしろ今のがかっこ悪いと思うし恥ずかしいわ!な感覚なのがADHDならぬ私です。
むしろ可愛いくて細いデメリットのが辛かった若かりし頃。年取ってそこまで太ったあと激ヤセして色々やばいじゃん!
特に髪の毛は元々遺伝的に禿げると分かってても激ヤセの結果髪まで栄養いかないの当然だろとばかりに禿げました。もう丸坊主にしたい。でもあの髪型はかなり手間と金がかかりそうだなぁと踏み出せないというのは言い訳で、引きこもってるから床屋も美容院も行くわけないじゃんってとこです。

そもそも青春時代と呼ばれる頃、食も細く痩せ型だった上に大学進学後、運動して人並み以上に、食べても太るどころか筋肉ついても体重変わらない感じにスタイル良かったので(自慢じゃないしそれで得した事何も無い)、それ以降の過食がある意味異常だったのと、薬の副作用のダブルパンチなので自業自得でもあるので、複雑な感じなのです。


親の話によると母乳すら飲まめない非力さな上で、多分空腹を獲得するのが遅く(正しく発達に障害ともいえなくないかも?w)食が細いのは母の家系ではもう定番なのもあり、箸の持ち方をしつけるどころじゃなかったのも、当然な感じで生きてく最低限をどうにか食わす事で迷惑かける子供でした。その上好奇心旺盛で落ち着きもなく燃費は悪い。ごめんね、かーちゃん。
ただそれでも母の家系では定番より少し食が細いかな?くらいなので心理的なストレスはかーちゃんにはなかったので母は強いと何回でも思う。
乳児の頃は夜泣きもせずおしめも夜は早くに卒業。むしろ泣いた!って両親が喜ぶ優等生でした_両親の話より。

まぁ、食事のマナーなどはそのあとあのそれこそ青春時代に自分がサボっただけなので自業自得っす。


大切に育てられたのにこんな失敗作みたいな子供でも未だに過保護なくらい大切に脛をかじらせてくれる両親は聖人君子みたいな気もするけど普通の親で、私にはもったいない凄い親です。


そんなこんなでやっと春!っいう月終わりが迫りだした今日この頃。どこに向かっても真っ暗な未来でもどこに向かって歩くかも分かんなくても、前だと思える方に顔を上げれたかなってここ週間思えてきたら、なんかおとん認知症やばくね?と感じて母に聞いたら多分そうだとの事。うーん。スネかじりすぎてマジごめんよとーちゃん。
介護とかは出来ないけど長生きしてくれたらワンチャン出来るから頑張って!!
つーか。こうやっと前向けそうな時に思おもよらぬ自体に直面するのは何度目かも忘れたけどやっぱり動揺はするよね。
それこそ出来事だけ書けば、神様試練与えすぎーとかなりそうだけど、ある人(誰だっけ)曰く乗り越えられない試練は与えないらしいので(あ、トーちゃんの口癖だわ)何とかするしかないよねーとまぁそんな程度にしか思えないから何度も試練与えられるのか!?
ごめんね、神様。どんだけ頑張ってくれても試練にならないかも。だからもっと徳の高い人(仏教かよ)にそれん与えてあげて?そんなに私に期待されても……(されてません)。
そもそも信仰って意味じゃ特にこれっていう宗教もなく葬式は真言宗なので極楽もないですし。死んでも修行ですかね?地獄がないかは調べてないです。ごめんなさい。弘法大師さま!(様はいらないのかな)

ちなみに空海=弘法大師って今日知りました。まだまだ修行どころか勉強も経験も足りないニートが認知症の親と幸せになる事がまず目指す方向だなって本当の意味で(でもまだ曖昧だけど)前を向いて目指す先も見えた今日でした!


ここだけの話。神様の試練とか言い出せばかーちゃんととーちゃんの方のばーちゃん(健在)のが与えられ過ぎてるのでその分なら私に回して欲しいくらい。

でも私のは自業自得とも言えるので、自分で撒いた種を育てるのか刈るのかはまだわからないところかな。
まいた種が必ず刈らなくちゃいけないのか頭の悪い私には分からないし。とりあえず芽が出て何が咲くのか見てから決めたいかな。

ともかく不幸じゃないし幸せだけどもっともっと親が大切にしてけれたものを誰かに返すまで幸せになりたい!
ここ数日、ゲームが出来なくなってきてる。
ある意味ゲームが出来る時期はメンタル面は良くないどころか最悪なのでいい事かもしれない。
かといってゲームをしていた時間をなにかにか役立てるわけでもなく。
読むために登録しただけのここに文字を書いているという事は不安定なのだとも思う。

ネットになにか意見や思いを書くのは3年前の入退院から苦手になった。
その入院は精神科の閉鎖病棟であるが鉄格子があるような病院では無い。
むしろ療養入院に近いというかネットのトラブルで現実から逃げるためにこちらからお願いしたのだ。

ただ私は集団生活が得意ではないと今ならハッキリ言える、が当時はかなり視界・思考が歪み狭かった。
もう自分が苦しいのかどうかも分からなかったのかもしれない。

ボーダー、境界性人格障害という言葉はネット及び多少の知識があれば眉を顰める。
かなりその気質が強く出ていたと思う。
ボーダーは治らないと言わる。本当にそうなのか、それとも治るものはボーダーと呼ばないのかは知らない。
ただ自身の経験と重ねて当事者・被害者の話なんかをネットで見かけると何となく理解も出来る。
辛い苦しい、多分それは本人の本音で間違いはなく、本当にそう感じて助けを求めるから近くにいる優しい人は踏み込まれるのだろう。そして踏み込まれた関係では本人を救う事は出来ない。
依存されている状態でもあり、友人や恋人などの関係性があれば更にどうしたって無理なのだと思う。

私はボーダーという診断は頂いてはなく、他の病名などを診断されているが、当時の心境はかなりボーダーと言えると思うから。
承認欲求、それに振り回されていた自覚もあった。
それに振り回されずにいたいと思えても俗にいうSNSから離れられない上では無理だったのだ。
退院後自然にそれらから遠ざかったけれど、逆にまとめ系スレや個人のブログでなんとも言えない気分になり状態の悪い時にはネットを見るのを控えたり、でもオンラインゲームはしたりと、矛盾した事を繰り返しながら色々な事に気づいた。

あくまで気づいたのは自身の感情や考え方であり、そこに何があるのか見ようとしても1人では難しい。
だってそれは自分で認めたくない自分なのだから。
退院後に治療に関わってくれた方がたまたまバランスがよく私とも相性が良い方、もちろん私は感謝して尊敬出来る方、だったのは幸運だと思う。


様々な病名を付けられ薬も色々出されるままに飲んでいた。薬を飲んで治るなら楽じゃん。
でもどの薬もなんの効果も実感出来なかった。それは病名と私が抱える問題が違ったと言うよりもやっも私が自身と向き合う事が出来る状態のなった事とそれを上手くサポートしてけださる方がいた、とういうタイミングが幸運にも訪れたのだ。


鬱、統失、発達障害、人格障害。
それらを明確に私は私に線引きする必要性を感じてない。
むしろどれでもどれじゃなくても私は私が抱えている問題、現状ごと私だと思う。
3年かかってもまだ自分の問題しか解決出来ない事に気づいた位だ。
その問題がなにかはまだまだ見つけなければならないと思う。
ただ3年前よりも些細な言葉で、時には自身で自分の視界と思考が歪み思い込みや決めつけ、認知行動療法でいうなら認知の歪みが強くなっていると気づける。
そして気づいたなら私の性格ではそれを自分の都合のいいままにしておく方が辛い。


ある意味に入院前の何に苦しんでるのか、苦しいのかも分からない時より、苦しい時も辛い時もある。
ただこれは性格だと思うけれど何に苦しんでるのか分からないで誰かを巻き込むより、自分の問題を自分が息をしやすくするために苦しむ方が、私には抵抗がないだけだ。

そんな中で私の中にある物事の前提は人とズレていると思う時がある。
年代のが違うからで納得出来ぬ程にネットのトラブルはそれらが絡む。

コミュ障とは人見知りではないし、人見知り出来ない私は本当のコミュ障だろう。
それで傷つくより、傷付ける方が辛いというのも嘘ではないけれど、傷つけば勝手に踏み込んだ自分を反省するより傷つけられたと怒りが湧く程度の小さな器しかない。
傷つけたくなんてないけれど、傷つきたくだってない。
そしてそれらをこの病気と障害のせいだけにしたくなんてもっとない。


ただいくら生きてる事が辛すぎて嫌になったとしても死にたいとは思わない。
それは親に愛された子供だからだと親に産まなければ良かったなどと言葉はもちろん態度でも示されたことがないからだ。
とても表現する事が苦手で不器用でだけど優しい親。その優しさは今は苦しくなる事もあるが感情表現が苦手で(両親共)言葉少ない親だけれども愛情を疑ったことはなく私には勿体ないとも思える人だ。


人には恵まれているとずっと思っている。
多分それは生まれた時からなのだと最近は自然に思える。
私にはとても大きな変化なのだ。それは。
親は何も変わってはないかもしれない。
ただ私は変わりたいと望み変わろうとしてる。無理だとしてもならばと立ち止まったままで、生きていくのは性にあわない。

ただ誰かや何かのせいにして生きるのはもう疲れたんだと思う。

自分が体験して感じた事しか分からない。
それ以外の事は知識としか思えない。
だからどんな根拠や理由があっても、例えそれが嘘でも妄想でも、私にとってはそんな事もあるのかにしかならない。

だからその人が何に対して何を感じてもそれがただしいのか、ただしくないかなんて言えないし本当に分からない。
ただ自分はこう思う、そういう時にこうしたららくだったと言えたとしても、それが私以外にも当てはまるかさえ分からない。


ただふと思う。昭和生まれの私はもう古いタイプでもいい。でも今を子供時代として生きているのは今現状で子供な人達だ。
私達やもっと上の層の人間が提示する理論など参考程度でしかないのかもと思うんだ。
何が悪いあれが駄目。
現実の社会問題の原因を子供時代、子育てに見つけたとしてそれは解決するのか少し疑問なの。
そして解決したいのは私達の世代でないならなおさら。
彼らは彼らの解決方を見つけなくてはいけないしこちらの出す意見は参考程度でしかないのではと。
様々な医学、科学、技術、そんなものが進化してもそれらは永久に人を救う事はないのかなって。過去におきた事の説明、解明でしかないならば。
私が思う尊敬出来る人ももっと若い世代からはどこが素敵なのか分からないかもしれない。
逆に私が関わりたくないと思う様な人が尊敬されてもおかしくない。
それで誰も不幸にならないならいいと思える。

六畳間で自分探しをしてるんだ私は。
こんな大人になりたくないだろよ。
なって欲しくないよ。
だからとて自分の経験が彼らに役に立つことはないとも思う。