ボイトレ日記
いつか始めようと思ってはや1ヶ月。
ボイトレ日記のコーナーです_(:3 」∠)_
どこかで自分の昔の歌もお聞かせ出来るように
なったらいいなと思ってます。
歌を歌いたい人の
1個の希望になると思うので

歌を歌う二極化
突然ですが、皆さんは
お客様・リスナーに何を聞いて欲しいですか?
『カッコイイ歌』でしょうか?
『素敵な歌声』でしょうか?
それとも
『歌に込めた想い』でしょうか?
『詩に込められた願い』でしょうか?
答えは何でも大丈夫です。
歌を歌うには2種類存在します。
細分化すればまだまだありますけど
目指している方向はこの2つのどちらか
に落ち着くものだと考えて置いてください
漢字で書くとこんな感じです。
『歌を歌う』と『詩を唄う(謳う)』
『歌を歌う』
"上手に歌い上げる"と端的に言えばこうです。
発声・ピッチ・リズムが完璧であり
ビブラートやしゃくり・声の強弱、語尾処理など
メロディに合わせて変化させる。
圧倒的技術力と表現力でもって
音楽と歌詞の世界に溶け込むモノ。
それに対し
『詩を唄う(謳う)』
"想いを届ける歌"になります。
歌詞のどの部分がこの物語のメッセージなのか
その言葉をお客様の心に置いていくために
メロディの起承転結とは違う場所で
歌い方の起承転結を決める。
メインテーマに対するフレージング。
その軸をブラすことなく
結へどのように主人公が
成長・変化、気づきをしていくのか
それを魅せる・謳歌するモノ。
あとがき
どちらがいいという話ではないです。
ただ鈴猫はいつの間にやら
上手く歌うことに気を取られていた
という最大の衝撃に落ち込んでるだけです。
前者は正直
一切のミスが許されない職人気質です。
それに対して後者は
確かに歌を歌うために必要な基礎はありますが
聞き取れるならダミろうが叫ぼうが
それが『想いの伝え方』ならOKなんです。
だから演出としてcoverなのに
"ここの音は消して"
"ここの詩は聞き取らせない"
など本家を塗り替える作業が入ります。
その世界・歌を聞いて
自分の感じたものをより明確に
より鮮明に他の誰かに伝えるために。
そうだそうだ、世界がこんなにも素敵なんだ
そう教えてくれるピッチ無視した歌い手がいて
病んでる人間の死にたがりソング
その重さと悲しみと願いがぶっ刺さり
熱くねぇ?楽しくねぇ?一緒に歌わねぇ?
なんて無理矢理引きずり込もうとする人がいたり
違和感のない音程
聞き苦しくないリズムなら
なんだっていい
そこに心があるのなら
想いは込めずとも想いは届く
ならば
想いを込めたら誰にだって届く
詩に託すのか
詩を借りるのか
私たちはどちらでしょうか_(:3 」∠)_
