誤字が多数あったので再投稿です。すみません。

”ほら!愛花!早くしなさい!”
 朝から大きな声が家中に響く。毎日一緒にいればわかる。この私を呼ぶ声の主は母だ。おまけに声のトーンで不機嫌であることも私には分かる。今日は高校の入学式だ。私は朝早くに起きることが苦手で、ついだらけてしまう。だからいつにも増して母は不機嫌なのだ。そんな推測もできる。中高一貫校に通っていた私は、両親の離婚を理由に、田舎の小さな学校に転校になった。友達を作ることを得意としない私にとって、1年生から始まるということは幸い中の幸いだった。
”愛花!”
その声に再び驚いた私は、反射的に用意を進めた。まだ着慣れない制服に腕を通し、3年間よろしくね、と心の中で呟いた。カーテンを束ねて外に出ると、私たちの入学を祝うように桜の花が舞い踊っていた。不機嫌そうだった母も、頬をその桜の花のピンク色に染めていた。隣人に会釈しながら、私は学校へ向かった。
 車で40分の場所にある学校は、桜田高等学校という。名前の通り、校門のあたりには桜の木が数本植えてある。私は母に手を振りながら校舎に足を踏み入れた。1年3組。ここが私の教室。目立たないように後ろのドアから教室に入った私は、自分の番号の席へ向かった。
___だけど、そこには男子生徒が既に腰を下ろしていた。戸惑いながらも声をかけると、振り向いた彼は慌てふためいた様子で謝り、席を離れた。
そんな彼の瞳は透き通っていて、何だか寂しげだった。彼の姿が、私の脳裏に焼き付いた。担任の先生の話が耳に入ってこないくらい、その瞳に何度も吸い込まれそうになった。
 学級での自己紹介で彼のことを少し知ることが出来た。名前は日向。小さい頃からピアノをしていて、今はお休み中。人と馴れ合うことはあまりしないらしい。彼は真っ直ぐで、ブレない強さがあるように見えた。だけどやっぱりどこか寂しげで、ピアノをやってきたという彼の指先は、温もりがなく、冷たそうな感じがした。
 無事学校を終え、家に帰った。恋愛感情ではなく、ただ気になっていた。透き通った瞳の日向が、頭から離れなかった。天気がいいから、気晴らしに公園でも行こう。まだ少し冷たい風に当たりながら、私は公園に向かった。日陰にある涼しそうなベンチに行くと、そこには日向がいた。暗い顔をしていた日向は私に気づくと、咄嗟に笑顔になった。
___いや、笑顔を、作った。
私はいてもたってもいられず、逃げるように帰ろうとしたひなたの腕を引き、もう一度ベンチに座らせた。話すうちに、心を開いた日向は私に悩みを打ち明けた。彼は両親が居ないらしく、現在は祖父母の家にお世話になってるらしい。彼は両親が居ないことの寂しさをぶつけられずにいたという。お世話になっている祖父母だけでなく、周りの人を、困らせたくなかった。だからずっと、1人だった。春に咲く、この桜の花だけが味方をしてくれている気がしていた。今、私にこの話をするのも怖かった。全部、全部話してくれた。日向の瞳はまだ暗く、複雑な色をしながらほんの僅かに揺れた。それがまた、私の心を締め付けた。
___なにも、言えなかった。虚偽の笑顔を貼り付けて生活していたのは、私だって同じだったから。そして、抱えているものが日向よりもずっと軽いものだったから。自分の無力さに嫌悪した。私は、人の目が怖いだけ。人の顔色が変わるのが怖いだけ。地面に写し出された日向よりも弱い心を持っている自分の影が、とてもちっぽけに見えた。私は日向をまっすぐ見ることが出来ないまま、日が沈んだ道を歩いて家に帰った。
 なんだか食欲がない。私はシャワーを浴びて、髪も乾かさないまま横になった。その時、一通のメールが届いた。日向だった。どうやって連絡先を手に入れたのか。そんなことを考えつつもスマホのディスプレイを開くと、丁寧な文体でこう記されていた。
『愛花、今日は重たい話をしてごめんなさい。でも何だか、すっきりしています。とても怖かったけれど、祖父母に言いました。ずっと寂しかったこと。1人だったこと。そして何よりも、怖くて仕方がなかったこと。この全てを。怒られるのか、泣かれるのか、不安でした。けれど、祖父母はあることを教えてくれました。周りの目が怖いと感じている愛花にも、どうか聞いて欲しいんです。日が昇る頃、公園の、桜の木前の、あのベンチで待ってます。』
私は迷わず『分かった。』とメールを送り返して、仮眠をとることにした。
 規則的なメロディーの音で目を覚ました私は、薄いジャンパーを着て、まだ薄暗い外に出た。公園にはもう日向は来ていた。
『待たせてごめんね。』
『ううん、大丈夫。来てくれてありがとう。』
お互い眠いからか、少し気の抜けた挨拶をした。けれど次の瞬間、日向の瞳はキリッと真剣になった。そして、口を開いた。
『僕が悩みを祖父母に打ち明けた時、まるでもう知ってたかのように笑って、「いいんだよ、ぶつけても、吐き出しても。溜め込むよりよっぽどいい。お前は他人を困らせたくないと言ったけれど、みんなお前の見方なんだから、お前は1人なんかじゃないんだから、周りをもっと信じてみなさい。もし誰かがお前を切り捨ててどこかへ行っても、本当のお前を見てくれる人はきっといる。お前の居場所は無限に作ってゆけるんだよ。」って言ったんだよね。僕思わず泣いちゃってさ、誰かに教えたいって思ったんだ。昨日愛花に話した時、愛花は辛そうな顔してたから、なんか教えてあげなきゃって使命感感じちゃってさ。お節介だったかな。』
日向は笑って言った。日向の瞳にはもう暗いものはなくて、その背中は大きく見えて。日向の言葉が嬉しくて、衝撃的で。
『ううん、ありがとう、ありがとう。』
涙混じりの声でそう言った。スカッとした気分だった。真っ先に教えてくれた日向の言葉はとても暖かくて。涙が止まらない。日向はそんな私の背中にそっと手を置いてくれた。冷たかったはずの日向の指先に温もりを感じ、この先ずっと忘れることは無いと思った。春の冷たい風とともに桜の花が舞って、私たちを包み込んだ。そのとき太陽が、今広い海から顔を出した。私と日向は、そんな春の情景に身を委ねながら、手を強く握った。
あの桜は、君のように真っ直ぐで、綺麗だった。

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ここまで読んでくれた皆様、本当にありがとうございました。至らない点が複数あるかと思いますが、どうか大目に見て貰えると幸いです。

そして、この物語に出てくる人物名や学校名は全てフィクションで、現実のものとは一切関係ありません。