ウィザードルーグ

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キャデラックに乗って火星の舞踏場へ

ここ一年あまりにマークボランに関する膨大な情報収集をしてしまったせいか、頭の中がごちゃごちゃになっている。

ブログにすることも、色々なことを伝えたくても、余りにも多すぎる。読みたい人もいれば、気にもしない人がいても構わないが、マーク・ボランについて、ここのところ、間違った情報が出まわっていることは事実だし、私が一生懸命、本国イギリス、アメリカより収集した情報を分かちあえたらとても幸いです。


次回のネタをまとめる前に、この素晴らしいボーラン年表を紹介したいと思います。


マーク・ボラン

1947~1977 年表


著者のCliff McLenehanさんは、以前、他の人が出した年表について、間違った情報を見つけため、更に10年間かけて研究したそうです。

正に究極のBOLANIC !! 

★イギリスの当時からのファンは、あまりT.レクスタシーというバンド名では表現せず、完全にイッちゃってるマークの熱狂的ファンをボーラニックと呼びます。この年表を追いかけて読むとマークとリアルタイムで、ロックンロールの旅が一緒にできるのだ!



              BOLANIC


年表は、彼が生まれ、亡くなるまでのほぼ毎日の記録が綴られており、もちろん日本初来日の項目もある。

武道館ライブのチケット(初日の11月28日)



日本ツアー時の日程



12月3日(日)

赤坂EMIスタジオで突然レコーディングするといい出し、20century Boy, Electric Slim, Street Back の3曲を狂ったように10時間かけて録音した情報ももちろんある

(この時、私の母は分娩へと 笑)



4日は地震があったの武道館ライブの日で

私のバースデー🎂イェイ!


5日は吉成信幸さんと、タンクスについてのインタビュー…、あの応募して当たった人が貰えたレコードね。(あの日の時点では、まだタイトルは決まってないです。最初、レフトハンド・ルークにしようかなぁと思ったけど〜って言ってる)



これは最後のほうにある、ダムドとのツアー日程が書いてある




以下が、この年表が発売された時点での説明文になってます。


マーク・ボランは究極のグラム・ロックのアイコンでした。美しく、小妖精で、奇抜なコスチュームで70 年代初頭のシングル チャートとアルバム チャートの両方を魅了した「テレグラム サム」、「ライド  ホワイト スワン」、「ゲットイット オン」など、信じられないほどキャッチーなヒット曲を繰り出すことができました。ボランと彼のバンド、レックスは、高鳴りのギターと 3 コードのアンセムでハード ロックとパンクロックへの道を切り開き、非常に永続的な一連の作品を残しました。悲劇的な死から 25 年が経ち、マーク・ボランは史上最も重要なロック アーティストの 1 人として確固たる地位を築いています。

この本は 10 年以上の研究の成果であり、マーク・ボランの日々のキャリアをユニークに包括的に年表にまとめたものです。





Keep a little Marc in your heart🦄

いつも小さなマークをこころに