無意識ながら意識的に、
不本意ながら本意として、
ブログを書かなくなってから早数ヶ月。
綺麗に並べられた本棚で一冊だけ頭がハミ出た図鑑のような、
何となく、だけど、無性に気になるその存在を、
さも無かったかのように排除したくなるようなそんな感覚で、
「ブログを書く」という、習慣化しなかった習慣に、
敢えて目を空し続けていた数ヶ月。
その間、「僕の気持ちや感性をアウトプットする場」として
利用していたFacebook。
いや、「利用しようとしていた」が正解かな。
写真やつぶやきにコメントや「イイネ!」が付くのが楽しくて、
気付くと、それがどれくらい付くかに関心の一端が現れ、
時には意識的に人の「日常」にコメントしてみたり。
そしてそんな「背伸び」に疲れて、
いつしかアウトプット自体が減り、
それは「世間のトレンドを知る場」になり、
何気ない日常を、二割増しくらい艶やかに彩った断片としての
時に「哀愁」という言葉が似合いそうなくらい
楽しくもちょっと切ない舞台になっていたりして。
陽はまた昇り繰り返す、
そんな日常サイクリングの中で、
僕の心が久しぶりに大きく揺れ動いた出来事、
それが、今の「日中問題」。
まずはTwitterに書こうとしてみる。
…文字数制限がキツい。
そしてFacebookに書こうとしてみる。
…縦長にグングン伸びていく僕の拙い言葉が、
人様のニュースフィードをジャックしてしまいそう。
そんなこんなで、
長い倦怠期を経てようやくその有り難みと
使い分けに気付いたブログに、
「今まで適当にあしらっててゴメン。
離れてみてやっと君の大切さに気付いたよ」
と、僕の青春時代をカンフルしてくれた
トレンディドラマ終盤手前の第7話あたりのフレーズを
そっと呟いてみた訳です。
…前置きが長いですね。
そんなこんなで、僕が今想うこと。
僕は、
その色黒で少々胡散臭い顔立や、
学生時代から社会人に至る友人達に呼ばれるアダ名の割に、
東京生まれ東京育ちの日本人で、
今は上海に住んで二年半が経過した訳で。
日本と中国の、
その両方の生活を知り、人と触れ合い、
歴史や政治を知ろうと本や対話を
自分なりに試みてきた立場として、
今の日中関係や、中国で起きている大規模デモや、
TVやWeb等のメディアを通じて流れる
切り取られた価値としての「事実」に、
いかに客観的に見れるか今の今も努めていますが、
あまりに様々な情報や、偏った価値観や、
過度な心配や安堵が錯綜しているを目の当たりにして、
今の心境を綴りたいと。
僕が住むここ上海は、
中国における国際商業の中心としての大都市であり、
常駐人口2,300万人以上、
世界各国様々な国と地域の人々が集まる
オリンピックさながらな多国籍都市であり、
上海に常駐・長期滞在する外国人は約15万人。
その中でも最も多くの比率を占め、
街を歩けばどこかで日本語が聞こえるほどの、
約5万人近い日本人が住む都市です。
日本に住んでいる人が普段何気なく行く
日本食屋さんがそこにあり、
日本のファッションや、雑誌や、家電や、車が、
社会と一体となって存在し、
ヒトやモノが実に自然と融合した都市です。
時に、海外生活していることを忘れてしまうほど。
そんな社会を創ってくれた先人の賜物、
日中国交正常化40周年の今年、
今、お互いの感情が悲しくもぶつかり合っています。
日本では、中国でここ数日起きている
デモによる被害や一部の中国人のコメントを
「中国人」という一人の人物が物語るかのように
報道されている様子をネットで時折見ることがあります。
そしてそれが、SNSを通じで瞬く間に、
伝言ゲームのように広がります。
今、僕の元に集まる情報は様々。
大規模デモで暴徒化した中国人の映像や情報。
それを避難する日本人の声。
それを受けて心配をしてくれる友人達の声。
世界各国がこの問題を取り上げたニュース。
知識人の方々の見解。
上海に住む日本人の方々の話。
中国で知り合った中国人の方々の励ましや心配の声。
上海の街中で「日本人か?」と聞かれた実体験。
中国版twitter「微博」には
日本を避難する罵声とも言えるカキコミが膨れ上がる
一方で、理性的で冷静な中国人の方々が、
「全てが日本側の問題ではないのではないか」と
議論を戦わせたり、情報をシェアする動きも見られます。
一部の中国人のネットでの辛辣なカキコミに
ナナメ上から中国人を避難する日本人がいる
一方で、ふと2ちゃんねるを検索すれば、
同じような論調と言葉遣いで罵る日本人だって
存在していることが分かります。
日本と中国を知る立場としての冷静な判断力と
日本人として頭のどこかにある価値観が、
僕の視覚に入り切らない中国全土で起きている事実と、
僕の視野に入る理性的で冷静な上海という事実が、
「上海は安全だから大丈夫」
「普段と何も変わらない毎日」
そう言う上海に住む友人の声と、
日本をはじめ海外から届く心配の声が、
僕の小さな脳ミソの中で、
そんな様々な感情や音声や文字列が、
ぶつかり合って矛盾して、
知恵熱出そうで、逆に驚くほど冷静で。
何気ない日常の中では、
電車の中の電子公告も対日問題、
周囲の中国人が読む新聞の一面も対日問題、
そして、スーツを着て立つ日本人は
その空間に僕ただ一人。
時に心がグラグラして、
平常心を一瞬失くして、
誰かが「日本」と言葉を発しただけで過剰反応してしまい、
皆が自分を見ているような気がして、
カラダがブルっと震える事もあります。
そんな時に、
日本に住む家族や友人からの心配の声は
本当に心強いです。助けられます。
本当にありがとうございます。
情報社会の世の中で、
リアルタイムにその情報の現場に立つ身として、
世の中散々唱えられている情報社会への向き合い方、
「情報をいかに集め、選択し、考えるか」
そして、その集合体として発する
自身の発言や行動に責任を持つか、
リアルに考える時が、今なのだと実感しています。
上海は安全だと普段通りの行動をする人もいます。
身に及ぶかもしれぬ被害を恐れて萎縮する人もいます。
確固とした価値観で仁王立ちする人もいれば、
情報の波に流されて右往左往してしまう人もいます。
それも全て現実です。
僕は、自分の考える「責任ある行動」をとりたい。
極度に偏った情報や、事実かが不透明な情報を
安易にSNS上でシェアしない。
偏った色眼鏡でヒトやモノやモノゴトを見ない。
過度に安心もせず、過度に不安にもなりすぎない。
日本人の友人・知人とSNSやチャット、対面で話すように、
中国人の同僚や、お客様や、中国語の先生とも話し、
多くの意見や情報を得て、考えたい。
そして、
手を差し伸べてくれる多くの日本人や中国人の方々の
助けを借りて、一人じゃないことを実感しつつ、
自分の身は自分で守りたい。
なんか、こんな風に書くと、
いかにも堅苦しく崇高な事を書いている風味ですが、
回りまわって僕の頭に過る言葉は、
「嘘はついちゃいけません」
「自分にされて嫌な事を人にしちゃいけません」
「相手の気持ちを理解して、
思いやりのある人になりなさい」
思春期を迎えるまでにオトナに教わった、
そんな言葉達です。
日付はかわって、今日、9月18日は、
柳条湖事件追悼日。
中国全土で大規模デモが起こると言われています。
中国政府の政権交代や、
尖閣諸島問題、
歴史的に重要なこの時期と、
政治・経済・外交・文化・歴史などが
複雑に絡まったこの問題は長期化する可能性もあります。
そんな中で生きる自分。
常に成長し続けなきゃいけない。
「この日中問題を僕が解決する!」なんて、
できもしないことを考えず、
僕という日本人と触れ合う中国人に、
日本って、日本人っていいなと思ってもらいたい。
そして、
「相手に理解されたいなら、まず相手を理解する」
という基本的な大前提に立ち返って、
まだまだな自分を省みて、この機会に、
政治・経済・外交・文化・歴史などを学ぶ
きっかけにしようと思います。
偉そうな事をツラツラと書いた未熟な自分への
自戒の念と、今の想いを忘れないための備忘録として。
引き続き上海で頑張ります!!
毎日を楽しく生きなければ!!
ではでは!!
不本意ながら本意として、
ブログを書かなくなってから早数ヶ月。
綺麗に並べられた本棚で一冊だけ頭がハミ出た図鑑のような、
何となく、だけど、無性に気になるその存在を、
さも無かったかのように排除したくなるようなそんな感覚で、
「ブログを書く」という、習慣化しなかった習慣に、
敢えて目を空し続けていた数ヶ月。
その間、「僕の気持ちや感性をアウトプットする場」として
利用していたFacebook。
いや、「利用しようとしていた」が正解かな。
写真やつぶやきにコメントや「イイネ!」が付くのが楽しくて、
気付くと、それがどれくらい付くかに関心の一端が現れ、
時には意識的に人の「日常」にコメントしてみたり。
そしてそんな「背伸び」に疲れて、
いつしかアウトプット自体が減り、
それは「世間のトレンドを知る場」になり、
何気ない日常を、二割増しくらい艶やかに彩った断片としての
時に「哀愁」という言葉が似合いそうなくらい
楽しくもちょっと切ない舞台になっていたりして。
陽はまた昇り繰り返す、
そんな日常サイクリングの中で、
僕の心が久しぶりに大きく揺れ動いた出来事、
それが、今の「日中問題」。
まずはTwitterに書こうとしてみる。
…文字数制限がキツい。
そしてFacebookに書こうとしてみる。
…縦長にグングン伸びていく僕の拙い言葉が、
人様のニュースフィードをジャックしてしまいそう。
そんなこんなで、
長い倦怠期を経てようやくその有り難みと
使い分けに気付いたブログに、
「今まで適当にあしらっててゴメン。
離れてみてやっと君の大切さに気付いたよ」
と、僕の青春時代をカンフルしてくれた
トレンディドラマ終盤手前の第7話あたりのフレーズを
そっと呟いてみた訳です。
…前置きが長いですね。
そんなこんなで、僕が今想うこと。
僕は、
その色黒で少々胡散臭い顔立や、
学生時代から社会人に至る友人達に呼ばれるアダ名の割に、
東京生まれ東京育ちの日本人で、
今は上海に住んで二年半が経過した訳で。
日本と中国の、
その両方の生活を知り、人と触れ合い、
歴史や政治を知ろうと本や対話を
自分なりに試みてきた立場として、
今の日中関係や、中国で起きている大規模デモや、
TVやWeb等のメディアを通じて流れる
切り取られた価値としての「事実」に、
いかに客観的に見れるか今の今も努めていますが、
あまりに様々な情報や、偏った価値観や、
過度な心配や安堵が錯綜しているを目の当たりにして、
今の心境を綴りたいと。
僕が住むここ上海は、
中国における国際商業の中心としての大都市であり、
常駐人口2,300万人以上、
世界各国様々な国と地域の人々が集まる
オリンピックさながらな多国籍都市であり、
上海に常駐・長期滞在する外国人は約15万人。
その中でも最も多くの比率を占め、
街を歩けばどこかで日本語が聞こえるほどの、
約5万人近い日本人が住む都市です。
日本に住んでいる人が普段何気なく行く
日本食屋さんがそこにあり、
日本のファッションや、雑誌や、家電や、車が、
社会と一体となって存在し、
ヒトやモノが実に自然と融合した都市です。
時に、海外生活していることを忘れてしまうほど。
そんな社会を創ってくれた先人の賜物、
日中国交正常化40周年の今年、
今、お互いの感情が悲しくもぶつかり合っています。
日本では、中国でここ数日起きている
デモによる被害や一部の中国人のコメントを
「中国人」という一人の人物が物語るかのように
報道されている様子をネットで時折見ることがあります。
そしてそれが、SNSを通じで瞬く間に、
伝言ゲームのように広がります。
今、僕の元に集まる情報は様々。
大規模デモで暴徒化した中国人の映像や情報。
それを避難する日本人の声。
それを受けて心配をしてくれる友人達の声。
世界各国がこの問題を取り上げたニュース。
知識人の方々の見解。
上海に住む日本人の方々の話。
中国で知り合った中国人の方々の励ましや心配の声。
上海の街中で「日本人か?」と聞かれた実体験。
中国版twitter「微博」には
日本を避難する罵声とも言えるカキコミが膨れ上がる
一方で、理性的で冷静な中国人の方々が、
「全てが日本側の問題ではないのではないか」と
議論を戦わせたり、情報をシェアする動きも見られます。
一部の中国人のネットでの辛辣なカキコミに
ナナメ上から中国人を避難する日本人がいる
一方で、ふと2ちゃんねるを検索すれば、
同じような論調と言葉遣いで罵る日本人だって
存在していることが分かります。
日本と中国を知る立場としての冷静な判断力と
日本人として頭のどこかにある価値観が、
僕の視覚に入り切らない中国全土で起きている事実と、
僕の視野に入る理性的で冷静な上海という事実が、
「上海は安全だから大丈夫」
「普段と何も変わらない毎日」
そう言う上海に住む友人の声と、
日本をはじめ海外から届く心配の声が、
僕の小さな脳ミソの中で、
そんな様々な感情や音声や文字列が、
ぶつかり合って矛盾して、
知恵熱出そうで、逆に驚くほど冷静で。
何気ない日常の中では、
電車の中の電子公告も対日問題、
周囲の中国人が読む新聞の一面も対日問題、
そして、スーツを着て立つ日本人は
その空間に僕ただ一人。
時に心がグラグラして、
平常心を一瞬失くして、
誰かが「日本」と言葉を発しただけで過剰反応してしまい、
皆が自分を見ているような気がして、
カラダがブルっと震える事もあります。
そんな時に、
日本に住む家族や友人からの心配の声は
本当に心強いです。助けられます。
本当にありがとうございます。
情報社会の世の中で、
リアルタイムにその情報の現場に立つ身として、
世の中散々唱えられている情報社会への向き合い方、
「情報をいかに集め、選択し、考えるか」
そして、その集合体として発する
自身の発言や行動に責任を持つか、
リアルに考える時が、今なのだと実感しています。
上海は安全だと普段通りの行動をする人もいます。
身に及ぶかもしれぬ被害を恐れて萎縮する人もいます。
確固とした価値観で仁王立ちする人もいれば、
情報の波に流されて右往左往してしまう人もいます。
それも全て現実です。
僕は、自分の考える「責任ある行動」をとりたい。
極度に偏った情報や、事実かが不透明な情報を
安易にSNS上でシェアしない。
偏った色眼鏡でヒトやモノやモノゴトを見ない。
過度に安心もせず、過度に不安にもなりすぎない。
日本人の友人・知人とSNSやチャット、対面で話すように、
中国人の同僚や、お客様や、中国語の先生とも話し、
多くの意見や情報を得て、考えたい。
そして、
手を差し伸べてくれる多くの日本人や中国人の方々の
助けを借りて、一人じゃないことを実感しつつ、
自分の身は自分で守りたい。
なんか、こんな風に書くと、
いかにも堅苦しく崇高な事を書いている風味ですが、
回りまわって僕の頭に過る言葉は、
「嘘はついちゃいけません」
「自分にされて嫌な事を人にしちゃいけません」
「相手の気持ちを理解して、
思いやりのある人になりなさい」
思春期を迎えるまでにオトナに教わった、
そんな言葉達です。
日付はかわって、今日、9月18日は、
柳条湖事件追悼日。
中国全土で大規模デモが起こると言われています。
中国政府の政権交代や、
尖閣諸島問題、
歴史的に重要なこの時期と、
政治・経済・外交・文化・歴史などが
複雑に絡まったこの問題は長期化する可能性もあります。
そんな中で生きる自分。
常に成長し続けなきゃいけない。
「この日中問題を僕が解決する!」なんて、
できもしないことを考えず、
僕という日本人と触れ合う中国人に、
日本って、日本人っていいなと思ってもらいたい。
そして、
「相手に理解されたいなら、まず相手を理解する」
という基本的な大前提に立ち返って、
まだまだな自分を省みて、この機会に、
政治・経済・外交・文化・歴史などを学ぶ
きっかけにしようと思います。
偉そうな事をツラツラと書いた未熟な自分への
自戒の念と、今の想いを忘れないための備忘録として。
引き続き上海で頑張ります!!
毎日を楽しく生きなければ!!
ではでは!!