トルコ記念館を後にし、車を走らせていると、
ある看板が
日米修好記念館
何だろ?!
行ってみよう🏃♂️
日米修好の歴史は嘉永6年(1853)、浦賀に入港したアメリカのペリー提督によるものがその始めとされています。
しかし、これより62年前の寛政3年(1791)に、レディ・ワシントン号(ケンドリック船長)とグレイス号(ダグラス船長)の2隻の商船が日本にやってきて貿易を申し込んでいたことがアメリカの文献などで明らかにされました。
その地点が串本町の大島地区であることが調査の結果、日本の文献等によっても確認されたそうです。
日米修好記念館は、日米親善の幕開けというこの事実を永久に後世に残すために建設されました。
中央のケースに展示されているのはレディ・ワシントン号の模型です。
日本へは交易を目的として来航したのですが、ケンドリック船長は、日本人の警戒心を和らげるために嵐にあって漂流したと装い、中国人の船員に頼んで手紙を書き日本人に渡しています。
その後、地元民たちが乗船し、薪や米を船長に贈ったり、船上の宴もおこなわれました。
鎖国の時代ではあったのですが、とても友好的な雰囲気です。
ただ交易は、ラッコの毛皮を交易しようとしたのですが、住民は毛皮の使用方法を知らなかったのと季節外れもあり交渉が成立しませんでした。
ペリー来日前にそんな歴史的なことがあろうとは
教科書の出来事しか知らない私にとっては
目から鱗状態
記念館はすぐ海の近くのため、すぐそばの
ここへ⬇︎

ついに上陸できました













