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自分自身のことについて考えてみたこと。
子供のころからなんとなく自分は人と思考の方向が違う(変わって
る)という自覚はあったが、そのためかなぜかどうしてもクラスで
浮いていたり(小学校は3年から卒業まで今で言うイジメの対象に
なり4年間接してくれる友達は居なかった。でもどういう思考だっ
たのか学校は行くものと思ってたのか、登校拒否はしなかった。お
もしろいよね。まぁ、行くのはしんどかったけども)会社に馴染め
なかったり社会に馴染めなかったりという半生だった。
母はなんで私はこんな風なんだろうと30年間悩んだらしい。
私の長男も似たようなところがあって、母は私で苦労して、今度は
孫で苦労するという羽目になり、そしてADHDという障害を知り
、これだ!と思ったそうだ。
当時私は30代で若かったし、今ほど実感をしていなかったので「
自分が障害がある」ということが、自分ではそうは思いたくなかっ
たのだろう、そういう事実を受け入れがたかったのだと思う。そんなの自分とは関係ない!
と頑なに否定していた。病院なんて行かなくていいと、診察に行く
ことをものすごく拒否していた。
それに家庭の事情でひどい鬱だったらしく、母とADHDの事を相
談に病院にいったら(当時は連れて行かれた感満載だった)先生に
「や、今はそっち(ADHD)がどうのというより鬱をどうにかし
ないとですよ」と言われたのをなんとなく覚えている。
でもその鬱でさえ受け入れがたく、自分はそんなんじゃない!と病
院に通うことを拒否していた。
名古屋から軽井沢に移住してきて、なんとなく落ち着いてきてこれ
じゃいけない、とおもったのかな?病院を探して通うようになった
。
でもなかなか仕事が見つからなかったり派遣の切れ目でお金が無か
ったり、当時はあまり薬の効能を感じられなかったりだったので無
断で病院に行かなかったことが多々あった。お金が無くて行けない
とは言いにくいから「都合が悪いので次回にしてください」と連絡
をすればいいのにする事ができなかった。ま、いいかって。大切な
ことを後回しにする。ものすごいADHDの特性じゃん。
それがあとでものすごいツケで回ってきたけどそれはあとで。
で、自分では普通に他の人と同じことをしているつもりなのにそう
ではないらしい、というのを最近嫌というほど実感し体感した。
ものすごい否定をされた。
今までも何で自分は生きてるんだ?とか私の居場所ってどこにある
の?とかなんで私はこんなにも生き難いんだろう?と散々悩んでき
た。
そして最近なんとなく自分のことを冷静に客観的に見られるように
なってきたところへもってきて止めを刺されたような感じだった。
確かに社会で仕事をしていくにはその会社でのやり方もあるし、「
YES、BOSS!」と言われた事だけをしていないとはみ出して
いくのだというのがここへきてやっと良くわかってきた気がする。
でも私は、こうしたらもっと良くなるんじゃないか、こうしたら便
利にならない?といつも口に出して意見を言っていた。
職場が良くなるにはみんなで変えていかなきゃだめじゃない?て思
っていたから。
確かに自分の意見を前面に強く押し出してしまったりしていたのだ
ろうと今は思う。自分が正しいと思い込み、我を張っていたことも
あると思う。それはそこに気がつかなかった私のミスだ。
社会では変化していくより「別にこのままでやってきてるんだから
イランことを言うな」というのが大半だという所がほとんどだった
。
そりゃ鬱陶しがられるよな。
ここ6年程は介護の仕事に就き、介護福祉士という国家資格もとれ
たが、(私が国家資格!)でも人間関係に疲れて何度か職場を変わ
っている。
その前も仕事を変わる理由はほとんど人間関係だった。
今まであまり深く考えたことは無かったのだが、どうしてこうも気
に入られないことが多いんだろうと思っていたし、なんで私がそこ
まで言われなきゃいけないの?ということもあった。
でも、よくよく考えてみると、どうも原因は自分自身にもあるんじ
ゃないか?と思うようになった。
良かれと思ってやったことが実は全然見当違いだったこともあるだ
ろうし、気持ちが前に出すぎて他の人からしたら迷惑だったことも
あるかもしれない。人見知りするくせに気が強くて正義感も無駄に
強いからつい「でも」「だって」と口答えのようになっていたのだ
ろうと思う。
でも、わたしにとってはその「でも」は良くしたい、という気持ち
からくる「でも」だったのだと思うが、会社にとっては必要の無い
「でも」だったのだろう。
いまはなんとなくそれが解るようなきがする。
意見を言うことと我を通すことの違いも最近になって気付いたきが
する。
ははははは。気がつくのおそいよ自分と言いたくなった。
でもそれが私のパーソナリティーで、今までだって言われたことに
対して治そうと一生懸命努力してきた。(でもそれは自分が努力し
ていると思っているだけでは、人から認められなければ努力してる
ことにはならないと言われたけど)でもそれがうまくいかないから
通院して少しでも良くしたいと思ってるのにそれ以上どうしろと?
で。先日のこと。
薬をもらいに病院に行き、診断書が必要な書類があったので書いて
もらえますかと持っていった。
初めはじゃ、といって受け取ってくれたがもう一度呼ばれて、「あ
なた20回も診察に来なかったでしょう」と言われ、(いや、それ
医療受給者証をもらう前のことだから・・・それ以降はきちんと通
ってるんですけど。お金ないときでも治りたいと思ってがんばって
。しかもどうしても行けない時はちゃんと連絡もして診察日変えて
もらってるんですけどorz)
すぐにキレるのは直さなきゃいけない努力しろ、(それは当然だと
は思ってるよ)たとえ家族にだってキレたらダメだと言われ、そん
なんだったら薬変えるよと言われ(それで良くなるんだったらいく
らでも変えてもらって結構だよ治したいから通ってるんだし)指示
に従えないんだったらここでは面倒見れないよと言われた。
いや、確かにどっちかというとイラっときたり不安定になるとイラ
イラしたり顔に出したりするよ?でも感情のコントロールをするの
が苦手だからちゃんと毎日薬飲んで治そうと思ってんのに、心療内
科の医者が患者にそういう言い方するか?
こっちはダメージから立ち直ろうと思って色々考えたり悩んだり一
晩中泣き腫らしたり七転八倒してんのよ。
自分の生存価値って何?とかどういう仕事だったら摩擦無くやって
いけるんだろう?とかやっぱり自分はいない方がいいのかしら、と
か迷惑かけないように家中きれいさっぱりにして浅間山で失踪する
かとか(←すげー地元発想)海外だったら自由になれるだろうかと
か、やっぱり自分は生きてる価値のない人間なんだろうかとか、ど
うして生まれてきちゃったんだろうとか、事故った時に弟の代わり
に私が死んどけば良かったじゃん、そうすればきっと弟のほうが優
秀でお母さんも苦労しないで自慢の息子になってただろうにとか(
まぁ、優秀で自慢の息子になってたかはわからんけど私よりはマシ
だっただろうってかなり思ったり)もう、自分を全面否定すること
しかできないのよ。
今だって仕事なくても規則正しい生活しなきゃと思ってるけど、以
前の症状がひどかったときみたいに、気持ちと裏腹にからだがつい
ていかないんだよ。
これ書いてる今だっていろんなこと考えると手が震えて心臓がドキ
ドキして過呼吸になりそうで涙ボロボロなのにそれでも努力しろと
?
それは私に死ねってことか?やっぱり生きてること自体ダメなのか
?存在してる意味はないのか?
否定されてばかりでほんと生きてるのが疲れたよ。
もともと私は事故ってから右目が視力ないんだけど、それは言わな
いと外見ではわからない。見えないから少し右の視野が狭くて、「
それ取って」といわれても右側にあるものはわからなかったりして
よくウロウロと探したりした。それを知らない人には「なんですぐ
そこにあるのにわからないの?」とよく言われた。だから言われた
ときには一回り自分の周りを回って確認するようにしてきた。
視力と同じで私の気質のことは外見からではわからない。
外見だけだったら普通の人とまったく変わらないから。
でも内面は他人には見えない。
その見えないことでこんなに生きにくいなんて。
いっそ(不謹慎だけど)手足が不自由とか外面的にわかりやすかっ
たらよかったのにと思うこともある。(本当に不自由な方ごめんな
さい)
若いころは「人と違って何が悪い、個性上等人と同じなんてつまん
ないじゃん」と思ってた。
でも違うことと社会で生きていかれるかって事は別なことだ。
個性が通用するところならいい。特別な何かがあったり、それが生
かせるところがあれば。
でも私はいまだに自分を生かせるところが見つけられないでいる。
それゆえに人生に迷っている。
迷って迷って自分を責めている。
なんで普通にできないの?と。
普通がこんなに難しいとは思わなかった。
普通じゃないことが、こんなに生きていくのが大変だとは思わなか
った。
普通じゃなくていいとおもって生きてきたけど、今でも「これが私
の個性だばかやろー!」とおもっているけれど、せめて普通に社会
で生活できなきゃ個性もくそもないよね。
人生を半分も過ぎようとしているのにまだそんなことで思い悩んで
いる自分っていったい何なんだろう。
無我夢中でここまできたけど、そのなかでもっと色々考えるべきだ
ったのかもしれない。
今まで無知だった自分が恨めしい。
子供のころからもっとうまく立ち回れるようなんだったらもっと楽
な人生だったろうにとかおもったりするけど、たぶんわかってても
できなかったわな。
生きていかなきゃいけないから、仕事して稼がなきゃいけないと思
うから気持ちが焦る。
でもその気持ちに心がついていかない。
気がつかないよりは、自分がなんで人とうまくいかないかって言う
のがわかったのはいい事だったとおもうけど。
ダメージ大きすぎたよ、その代償が。
ここへきてこのダメージはちっとでかかったなぁ。
せめて自分が嫌いになりたくないなと思う。
人に言われると切なくなるけど、せめて自分では言わなくちゃ。
「がんばれ自分!」
子供のころからなんとなく自分は人と思考の方向が違う(変わって
る)という自覚はあったが、そのためかなぜかどうしてもクラスで
浮いていたり(小学校は3年から卒業まで今で言うイジメの対象に
なり4年間接してくれる友達は居なかった。でもどういう思考だっ
たのか学校は行くものと思ってたのか、登校拒否はしなかった。お
もしろいよね。まぁ、行くのはしんどかったけども)会社に馴染め
なかったり社会に馴染めなかったりという半生だった。
母はなんで私はこんな風なんだろうと30年間悩んだらしい。
私の長男も似たようなところがあって、母は私で苦労して、今度は
孫で苦労するという羽目になり、そしてADHDという障害を知り
、これだ!と思ったそうだ。
当時私は30代で若かったし、今ほど実感をしていなかったので「
自分が障害がある」ということが、自分ではそうは思いたくなかっ
たのだろう、そういう事実を受け入れがたかったのだと思う。そんなの自分とは関係ない!
と頑なに否定していた。病院なんて行かなくていいと、診察に行く
ことをものすごく拒否していた。
それに家庭の事情でひどい鬱だったらしく、母とADHDの事を相
談に病院にいったら(当時は連れて行かれた感満載だった)先生に
「や、今はそっち(ADHD)がどうのというより鬱をどうにかし
ないとですよ」と言われたのをなんとなく覚えている。
でもその鬱でさえ受け入れがたく、自分はそんなんじゃない!と病
院に通うことを拒否していた。
名古屋から軽井沢に移住してきて、なんとなく落ち着いてきてこれ
じゃいけない、とおもったのかな?病院を探して通うようになった
。
でもなかなか仕事が見つからなかったり派遣の切れ目でお金が無か
ったり、当時はあまり薬の効能を感じられなかったりだったので無
断で病院に行かなかったことが多々あった。お金が無くて行けない
とは言いにくいから「都合が悪いので次回にしてください」と連絡
をすればいいのにする事ができなかった。ま、いいかって。大切な
ことを後回しにする。ものすごいADHDの特性じゃん。
それがあとでものすごいツケで回ってきたけどそれはあとで。
で、自分では普通に他の人と同じことをしているつもりなのにそう
ではないらしい、というのを最近嫌というほど実感し体感した。
ものすごい否定をされた。
今までも何で自分は生きてるんだ?とか私の居場所ってどこにある
の?とかなんで私はこんなにも生き難いんだろう?と散々悩んでき
た。
そして最近なんとなく自分のことを冷静に客観的に見られるように
なってきたところへもってきて止めを刺されたような感じだった。
確かに社会で仕事をしていくにはその会社でのやり方もあるし、「
YES、BOSS!」と言われた事だけをしていないとはみ出して
いくのだというのがここへきてやっと良くわかってきた気がする。
でも私は、こうしたらもっと良くなるんじゃないか、こうしたら便
利にならない?といつも口に出して意見を言っていた。
職場が良くなるにはみんなで変えていかなきゃだめじゃない?て思
っていたから。
確かに自分の意見を前面に強く押し出してしまったりしていたのだ
ろうと今は思う。自分が正しいと思い込み、我を張っていたことも
あると思う。それはそこに気がつかなかった私のミスだ。
社会では変化していくより「別にこのままでやってきてるんだから
イランことを言うな」というのが大半だという所がほとんどだった
。
そりゃ鬱陶しがられるよな。
ここ6年程は介護の仕事に就き、介護福祉士という国家資格もとれ
たが、(私が国家資格!)でも人間関係に疲れて何度か職場を変わ
っている。
その前も仕事を変わる理由はほとんど人間関係だった。
今まであまり深く考えたことは無かったのだが、どうしてこうも気
に入られないことが多いんだろうと思っていたし、なんで私がそこ
まで言われなきゃいけないの?ということもあった。
でも、よくよく考えてみると、どうも原因は自分自身にもあるんじ
ゃないか?と思うようになった。
良かれと思ってやったことが実は全然見当違いだったこともあるだ
ろうし、気持ちが前に出すぎて他の人からしたら迷惑だったことも
あるかもしれない。人見知りするくせに気が強くて正義感も無駄に
強いからつい「でも」「だって」と口答えのようになっていたのだ
ろうと思う。
でも、わたしにとってはその「でも」は良くしたい、という気持ち
からくる「でも」だったのだと思うが、会社にとっては必要の無い
「でも」だったのだろう。
いまはなんとなくそれが解るようなきがする。
意見を言うことと我を通すことの違いも最近になって気付いたきが
する。
ははははは。気がつくのおそいよ自分と言いたくなった。
でもそれが私のパーソナリティーで、今までだって言われたことに
対して治そうと一生懸命努力してきた。(でもそれは自分が努力し
ていると思っているだけでは、人から認められなければ努力してる
ことにはならないと言われたけど)でもそれがうまくいかないから
通院して少しでも良くしたいと思ってるのにそれ以上どうしろと?
で。先日のこと。
薬をもらいに病院に行き、診断書が必要な書類があったので書いて
もらえますかと持っていった。
初めはじゃ、といって受け取ってくれたがもう一度呼ばれて、「あ
なた20回も診察に来なかったでしょう」と言われ、(いや、それ
医療受給者証をもらう前のことだから・・・それ以降はきちんと通
ってるんですけど。お金ないときでも治りたいと思ってがんばって
。しかもどうしても行けない時はちゃんと連絡もして診察日変えて
もらってるんですけどorz)
すぐにキレるのは直さなきゃいけない努力しろ、(それは当然だと
は思ってるよ)たとえ家族にだってキレたらダメだと言われ、そん
なんだったら薬変えるよと言われ(それで良くなるんだったらいく
らでも変えてもらって結構だよ治したいから通ってるんだし)指示
に従えないんだったらここでは面倒見れないよと言われた。
いや、確かにどっちかというとイラっときたり不安定になるとイラ
イラしたり顔に出したりするよ?でも感情のコントロールをするの
が苦手だからちゃんと毎日薬飲んで治そうと思ってんのに、心療内
科の医者が患者にそういう言い方するか?
こっちはダメージから立ち直ろうと思って色々考えたり悩んだり一
晩中泣き腫らしたり七転八倒してんのよ。
自分の生存価値って何?とかどういう仕事だったら摩擦無くやって
いけるんだろう?とかやっぱり自分はいない方がいいのかしら、と
か迷惑かけないように家中きれいさっぱりにして浅間山で失踪する
かとか(←すげー地元発想)海外だったら自由になれるだろうかと
か、やっぱり自分は生きてる価値のない人間なんだろうかとか、ど
うして生まれてきちゃったんだろうとか、事故った時に弟の代わり
に私が死んどけば良かったじゃん、そうすればきっと弟のほうが優
秀でお母さんも苦労しないで自慢の息子になってただろうにとか(
まぁ、優秀で自慢の息子になってたかはわからんけど私よりはマシ
だっただろうってかなり思ったり)もう、自分を全面否定すること
しかできないのよ。
今だって仕事なくても規則正しい生活しなきゃと思ってるけど、以
前の症状がひどかったときみたいに、気持ちと裏腹にからだがつい
ていかないんだよ。
これ書いてる今だっていろんなこと考えると手が震えて心臓がドキ
ドキして過呼吸になりそうで涙ボロボロなのにそれでも努力しろと
?
それは私に死ねってことか?やっぱり生きてること自体ダメなのか
?存在してる意味はないのか?
否定されてばかりでほんと生きてるのが疲れたよ。
もともと私は事故ってから右目が視力ないんだけど、それは言わな
いと外見ではわからない。見えないから少し右の視野が狭くて、「
それ取って」といわれても右側にあるものはわからなかったりして
よくウロウロと探したりした。それを知らない人には「なんですぐ
そこにあるのにわからないの?」とよく言われた。だから言われた
ときには一回り自分の周りを回って確認するようにしてきた。
視力と同じで私の気質のことは外見からではわからない。
外見だけだったら普通の人とまったく変わらないから。
でも内面は他人には見えない。
その見えないことでこんなに生きにくいなんて。
いっそ(不謹慎だけど)手足が不自由とか外面的にわかりやすかっ
たらよかったのにと思うこともある。(本当に不自由な方ごめんな
さい)
若いころは「人と違って何が悪い、個性上等人と同じなんてつまん
ないじゃん」と思ってた。
でも違うことと社会で生きていかれるかって事は別なことだ。
個性が通用するところならいい。特別な何かがあったり、それが生
かせるところがあれば。
でも私はいまだに自分を生かせるところが見つけられないでいる。
それゆえに人生に迷っている。
迷って迷って自分を責めている。
なんで普通にできないの?と。
普通がこんなに難しいとは思わなかった。
普通じゃないことが、こんなに生きていくのが大変だとは思わなか
った。
普通じゃなくていいとおもって生きてきたけど、今でも「これが私
の個性だばかやろー!」とおもっているけれど、せめて普通に社会
で生活できなきゃ個性もくそもないよね。
人生を半分も過ぎようとしているのにまだそんなことで思い悩んで
いる自分っていったい何なんだろう。
無我夢中でここまできたけど、そのなかでもっと色々考えるべきだ
ったのかもしれない。
今まで無知だった自分が恨めしい。
子供のころからもっとうまく立ち回れるようなんだったらもっと楽
な人生だったろうにとかおもったりするけど、たぶんわかってても
できなかったわな。
生きていかなきゃいけないから、仕事して稼がなきゃいけないと思
うから気持ちが焦る。
でもその気持ちに心がついていかない。
気がつかないよりは、自分がなんで人とうまくいかないかって言う
のがわかったのはいい事だったとおもうけど。
ダメージ大きすぎたよ、その代償が。
ここへきてこのダメージはちっとでかかったなぁ。
せめて自分が嫌いになりたくないなと思う。
人に言われると切なくなるけど、せめて自分では言わなくちゃ。
「がんばれ自分!」
先日、長男の勧めで煙管を購入した。
これが経済的かつ一服したぜ!という満足感もあるしとても具合が良い。
普段から1日に4~5本程度しか吸わないのだけれど、(それくらいなら辞めればいいのにといわれるがそうもいかないのが喫煙者ってもんなのだ)この煙管ってやつは普通のタバコを1/5ほどにカットして火皿に差して一服つけるので1本のタバコで5倍喫煙できるって寸法なのだ。
しかもフィルターを通さないので一服が濃厚なわけで、燃え尽きるまでに3~4口ほどしか吸わないけれど十分 「はー、一服したぁ」 という満足感。
ただでさえ値上げされてますます嗜好品の呈を要してきた事もあって
☆ 経済的であり
☆ 見た目渋い
☆ しかも一服つけてる姿がカッコイイ!(自己満足)
ときて、かなりなお気に入りになっています。
なんとなくふ~んって感じで見た目良くて手頃なモノを購入したのだけれど、この煙管ってヤツをかなり気に入ったのでもう少し良いものを探したいなぁなどと考えたりしています。
「きせるで一服して、雁首をポンと叩いて気持ちを切り替え次の行動に移る」と言った煙草の吸い方が江戸の昔は日常だったそうです。
それを思うとそんなゆったりした一服の仕方が本来のモノなのだろうなぁとしみじみ思ったりもします。
刻み煙草を詰めて火をつけるきせるは、室内で味と香りを手間をかけて愉しみ、ゆったりとた時間を過ごす、大人のための嗜好品
らしいので、私もそんなふうな一服を楽しむようになりたいです。
タバコ代もバカにならないよねーってこっそり嘆いてる方、自分にゆとり持たなきゃねーって思ってる方、煙管、オススメですよ( ̄▽ ̄*)b
これが経済的かつ一服したぜ!という満足感もあるしとても具合が良い。
普段から1日に4~5本程度しか吸わないのだけれど、(それくらいなら辞めればいいのにといわれるがそうもいかないのが喫煙者ってもんなのだ)この煙管ってやつは普通のタバコを1/5ほどにカットして火皿に差して一服つけるので1本のタバコで5倍喫煙できるって寸法なのだ。
しかもフィルターを通さないので一服が濃厚なわけで、燃え尽きるまでに3~4口ほどしか吸わないけれど十分 「はー、一服したぁ」 という満足感。
ただでさえ値上げされてますます嗜好品の呈を要してきた事もあって
☆ 経済的であり
☆ 見た目渋い
☆ しかも一服つけてる姿がカッコイイ!(自己満足)
ときて、かなりなお気に入りになっています。
なんとなくふ~んって感じで見た目良くて手頃なモノを購入したのだけれど、この煙管ってヤツをかなり気に入ったのでもう少し良いものを探したいなぁなどと考えたりしています。
「きせるで一服して、雁首をポンと叩いて気持ちを切り替え次の行動に移る」と言った煙草の吸い方が江戸の昔は日常だったそうです。
それを思うとそんなゆったりした一服の仕方が本来のモノなのだろうなぁとしみじみ思ったりもします。
刻み煙草を詰めて火をつけるきせるは、室内で味と香りを手間をかけて愉しみ、ゆったりとた時間を過ごす、大人のための嗜好品
らしいので、私もそんなふうな一服を楽しむようになりたいです。
タバコ代もバカにならないよねーってこっそり嘆いてる方、自分にゆとり持たなきゃねーって思ってる方、煙管、オススメですよ( ̄▽ ̄*)b
職業人として
家族として
人として
必要とされることの難しさをひしひしと感じる
あなたは必要ないと宣告されたとき
自分の無能さに愕然となる
自分に足りなかったものはなんだろう
努力し切れなかった所はどこだろう
いつでも簡単に解雇できるのが派遣だけれども
それでも
あぁ、自分はダメなんだと言われた気がして毎回切なくなる
少しだけ泣いたら
また前を向いて歩こう
家族として
人として
必要とされることの難しさをひしひしと感じる
あなたは必要ないと宣告されたとき
自分の無能さに愕然となる
自分に足りなかったものはなんだろう
努力し切れなかった所はどこだろう
いつでも簡単に解雇できるのが派遣だけれども
それでも
あぁ、自分はダメなんだと言われた気がして毎回切なくなる
少しだけ泣いたら
また前を向いて歩こう