2008年に、休職期間満了で会社を辞めた後、私は4年ぐらい無職の期間がありました。日中に強い眠気があって、ほとんど活動できない時間が多く、眠っても、悪夢を見ている時間が長いので、常に疲弊していました。
その頃は、今とは比べものにならないぐらい強い自己否定感と不安を抱えていて、さらに家族の無理解、教会員の無理解もあって(理解してくれる人も少数ながらいましたが)、自分が生きていることに、とてつもない罪悪感を抱いていました。
今から考えると、ポジティブな精神状態・感情の時はほとんどなかったと思います。テレビゲームをやるか、寝ているか、薄い本を読むか、ぐらいしか、してなかったような。
2009年に今の教会に所属を移して、聖歌隊に入りましたが、根本的な自己否定感がなくなっていないので、自分が不当に扱われても、どこか当然視するようなところがありました。今だったら、そんな扱い方には"NO"を言うし、受け入れられないなら、離れる選択をします。丁度、今、しているように。
心理学的な助言をする人もいましたが、当時の自分に必要だったのは、軽く体を動かすことをして、自分の快・不快を、安心・安全な場で認められるようになるサポートだったと思います。そうして、自分の感情・思考も、ノンジャッジで認められるようにしていって、ゆるやかに自己肯定感を向上させていく。
残念ながら、当時の私は自分の状況がどうなっているかを説明する知識も経験もなかったし、周りにもそういう人はいませんでした。
私が健全な自己肯定感を発達させていく上で、また、日中の眠気をなくす上で、信仰はほとんど全く何の役にも立ちませんでした。むしろ、ストレスを増やすか、自己否定感を増大させるかの、いずれかでした。だが、そういう人間だったからこそ、教会でのけ者にされる人にも気づけたとも言えます。
ともあれ、その後、いろいろあって、自己肯定感は向上しました。この4月から無職ですが、それは自分の決断によるものです。今の状況に全く不安を抱いておりません。むしろ、しばらく休養と思って、好きなことをしようと、楽しく暮らしています。コロナで、教会に行けないことも、私はラッキーと思っております。少なくとも、私にとっては、教会は喜びの場ではなかった。
「自分で自分を認める」、これができれば、周りからどんな無理解にあっても、自分を捨てずにすむと思っています。それが容易でなくて、苦しんでいる人を、何らかの形で助けられたと願っています。