これが Closure になりえるのだろか?



被害者家族はこれを両手を挙げて喜んでいるのだろうか?





人間が抱えている怒りは実に様々な要因があるが、それが怒りの矛先となる物や人物がいることで正当化され、怒りはさらに大きな怒りとなる。元をたどれば関係のなかった怒りまで、その矛先に向けられる。



Retaliation



こんなに意味の無いものはないのではないか、と思う。



結局は自分で作り上げた悪の象徴、を自分で始末して、英雄気取りしているにすぎない。



何の Closure だというのだろうか?





あっちにいるか、こっちにいるかの違いだけ。



やっていることは同だ。





怒りの連鎖を止めること、が一番必要なこと。



一つの光であることを思い出すこと。



にほんブログ村 海外生活ブログ オーストラリア情報へ