匿名でコメントを下さる方が、また “あえて匿名” でコメントをくれました。



この公共の場でする論議ではないかと思いますが、あなたにお伝えしたいことがあります。



ご立派なお仕事をされているのですね。



毎日どのように忙しく、やりがいのある仕事をされているのか、とお察しいたします。



でもだからこそ、100人の患者さんを看取ったら、100人様々な亡くなり方、があるだとは思いませんか?



100人遺族がいれば、100人のご遺族の選択と感情があるでしょう。



100人の人間がいれば、100人の生き方がある。



あなたは素晴らしいお仕事をされて、素晴らしい信念をお持ちだと心から思います。



それでも、あなたに私を批判する権利はないのです。



だって私は私の信念に従って、私の人生を生きていて、あなたはあなたの信念に従って、あなたの人生を生きているのですから。



私はあなたの信念を批判しません。本当に素晴らしい信念の下、素晴らしいお仕事をされているのだと、心から思います。



でもそれはあなたの価値観で、私の価値観ではありません。



本当に心の底からご自身の信念に自信を持ち、毎日を過ごされているなら、なおさら、なぜ私のようなものへあえて批判をされるのでしょうか?



心理学を学ばれたと思いますが、私も少しですが、心理学をかじったことがあります。



本当に自信を持って毎日を生きていれば、人の生き方に批判する必要はないんですよ。



批判をするということは、あなたの中で、何かしら疑問があるのではないですか?



だから自分と違う判断をする私、あなたと全く違う価値観を持っている私 (あなたの中の疑問) を否定したくてしょうがない、、、



あなたの目的は何だと思いますか?



私を批判し、私の間違いを認めさせ、私が謝罪すれば、嬉しいですか?



私が謝罪しても、亡くなった人は帰らない、とおっしゃるでしょう?



そうです。



あなたがなんと言おうと、私が何をしようと、過去を変えることはできません。



人の価値観や、信念、行き方、はその人のものであって、あなたにコントロールできるものではないのです。



一生懸命お仕事をされているあなたの素晴らしさは、コメントから伝わります。自信を持って、信念を貫いているなら、それでいいじゃないですか!



なぜ私を傷つける必要があるのですか?



ご想像の通り、あの日から私は毎日、苦しみ、傷ついています。



日本にいたら彼は死ななかった、という言葉も嫌というほど、彼の家族から浴びています。



でも今の私にどうしろ、とおっしゃるのでしょう。



これは私の考えですが、



人の価値観や、生き方や、選択に、、、YES - NO はないのです。



あなたは、あなた自身を正当化しようとするから、苦しんでいるのですよ。



あなたも、私も、ただ生きている。



毎日の苦しみの中で、一生懸命生きている。



それでいいのではないでしょうか?



この世は、全てあり、なんだと思うのです。



起こることは、起こるべくして、起こり、私達の力など取るに足りないものです。



私達が非力だということは、あなたもよく理解しているでしょう。





 



このめぐり合わせも宇宙の仕組みですね。



私にはあなたの批判が必要だった。



あなたには私の言葉が必要だった。



そう思います。



お互いに一生忘れられない相手となるでしょうね。



あなたと私がいつか物事の両面を理解できた時、いい関係が築けるのではないか、と思います。時間はかかるでしょう。でもね、時間も幻です。