surrealism
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はい?、運も実力の内ですと?
いやはやどうしてそういう屁理屈がまかり通るのでしょう。
逆です、逆なのです、実力も運の内。驕ってはなりませんよ。
とはいえしかし、その屁理屈が世に生まれたこともまた運なのです。
人間界の中の一つの運なのです。
そしてまた、私もその人間界の内の存在でしかないのです。
いうなれば、運命そのものが、当に所謂、神なのです。

by 神とされる者
祖父を含めた私たち家族と同居する叔父さんの部屋の直ぐ隣には
和式のトイレがある。

私は略毎夜そのトイレを使う。
叔父さんの睡眠の邪魔を極力避ける為、
小用を済ませた後は水を流さずにトイレから出るようにしていた。

しかしいつからか
叔父さんはトイレに入る度、扉を開けて直ぐに水を流すようになった。

その事に捻じ曲がった解釈をすれば、
叔父にとってその私の気遣いなど忌み嫌う事なのであろう。
私が小さい頃から私の家族よりも私を世話してくれた叔父さん。
しかし家族は、いや私も含め、
いつからか邪魔者の様に接するようになっていた。
そしてそれとなく追い遣られたのがあの孤独な部屋なのだ。

私はその事実を水に流したい。
いや、私自身が水に流されたいのだ。
その存在を比喩として投影しているのが
略毎夜放出される私のあの汚らしい小便だ。
身から出た錆の様な、身から出た小便なのだ。
叔父が私の小便を水で流しているのを聴き入れる度に、
アンビバレンスな嫌悪と自責の心に苦しまざるを得ない。
否定はしない、だけど僕は嫌いなんだ。
肯定はしない、けれど僕は好きなんだ。

否定はしない、だけど僕はそれに惹かれないんだ。
肯定はしない、けれど僕はそれに惹かれるんだ。

否定はしない、だけど僕はそれに魅了されないんだ。
肯定はしない、けれど僕はそれに魅了されるんだ。

否定はしない、だけど僕はそれに欲情しないんだ。
肯定はしない、けれど僕はそれに欲情するんだ。

否定はしない、だけど僕はそれを愛せないんだ。
肯定はしない、けれど僕はそれを愛せざるを得ないんだ。