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猫cafe初体験。

ソレは、台北市内の国立師範大學周辺にあった。
おしゃれcafeなんかがボチボチ見えて、素敵な街。


…衝撃。叫び

わらわらと、彼らは実に自由に過ごしていた。
テーブルの上も素知らぬ顔で、スっと通っちゃう。

完全に無視されてると思いきや、ふっと近づいて来たり。

全ては彼らにゃんこ達の一存で進行する、そんな空間だ。

…pcは、暖かいのでにゃんこ達に乗っ取られる事もあるらしい。


それをひたすら、目尻を下げまくって眺めたり、
たまに遊んで貰ったりする、
我々お客たち。

常連は、にゃんこ達との過ごし方もかなり心得ている風情だ。

なるほどなぁ~


…なんとも衝撃な空間で、
得も言われぬお茶の時間を過ごした
台北での休日。
なみざる訪問記-写真.jpg
8年ぶり?位の、淡水へ。

初めて台湾を訪れた際に行って以来。
…色んな意味でなんだか想い出タップリの場所。

記憶より、キレイになり、賑わっていたが、
やはり水辺でよい雰囲気は健在。


ムール貝に似た、孔雀蛤の台湾バジル炒めが
超「ハオツー」だった、淡水の休日得意げ
初めて死んだヒトを見たのは、小学生のときだった。

遊びに行くと、いつも縁側で自作のワインを飲んでて、
膝に乗せて遊んでくれた、田舎のおじいちゃん。
そのおじいちゃんの死体を見たのが
小学生のときのことだった。

急にクラスの先生から「なみざるちゃん、おうちに帰りますよ」と言われ
よくわからぬまま、母の実家に皆で向かった。

和室におじいちゃんが寝かされていたが、いつもと違って冷たくて硬く、
お母さんやおばあちゃん、皆が泣いていた。

ジローは孫を残して、心残りだったろうな・・・

おじいちゃんのお兄さん、大叔父さんが言っていたのを
子供ゴコロに覚えている。

あぁ、ワタシたちのおじいちゃんは、
生きたかったけど死んじゃったのか、と
大叔父さんのコトバを聞いて、何となく思った。


それから20年近く。

こんな職業柄、やむおえないとは言え、
死んでいくヒトも死んだヒトも、たくさん目にするようになってしまった。


そしてまた、死んでしまったヒトを見つけてしまった。


机の上には雪崩を起こすようにクスリが散らばり
ナイフも転がっていた。


えも言われぬ複雑な心境だった。


精神科看護に携わってもう何年にもなるけど、
いまだに理解できずに居る。

たぶんワタシには、一生理解できない気がする。

何度も死のうとして、いつか本当に自分で死んじゃうヒト。
まわりが必死に関わっても、
スパっと自分で死ぬヒトは死んでいく。

いきるかしぬか、決めんのは自己責任なんだろうけど、
そうやって死んじゃったヒトを見つけて、
その事をその後も忘れられずに過ごしてかにゃならんヒトも居るんじゃ。

・・・何とも言えないキモチを、腹ん中にずっとずっと抱えていくワシらは
どうなっていくんじゃろうか。

なるようになるとでも思っとくか。


生きたかったけど早くに死んじゃったおじいちゃんとか、
生きたいと貪欲に思ってオウチで頑張ってるヒトをサポートしていくヒトに、
ワタシはなりたかったんだと思う、今日この頃。