日々身体の疲れを感じていまう今日この頃である
だって人間だもの・・・
仕方がないことである
身体も疲れてくると心も疲れてくるときもあるもである
でも笑顔でいるように心がけていると心も笑顔になると思ってる自分
でも笑顔になれない自分も自分なのだ
だって人間だもの・・・
苦しい・悲しい・つらいは誰でもあるもので
笑顔でいると笑顔なくとも笑顔へ変化すると思う心掛け1つ2つ3つ・・・
連鎖することはその他にも多いものである
その中でも・・・
思いやりとは、「思い」・「遣り」である
「思い遣り」とは,相手の気持ちになって考えたり・・・
同情・共感することであり,「思い」を「遣る」ことである。
「思い遣る」とはその人の置かれている立場に立って
その心中を推し量り,一緒に悩んだり考えたり同情,共感したりすること・・・
それは、他者の痛みがわかること
他者の気持ちが理解できることであり、決して強い者の弱い者に対するあわれみではない
人間は老若男女問わず・・・だれもが弱点、欠点、もろさをもっている。
その人間同士が日々の生活の中で時には対立し
また共鳴して互いに支え合い、分かち合って生きているので
思いやりというのは、人間として平等な立場で相手のことを深く考え・・・
何をしてあげるのがよいのか
何をしてはいけないのかを思いやることである
共に等しく生きているというぬくもりである
連帯感から生じる人間らしい温かい心であり行為だと思う
仏教でいう「慈悲」
(相手の苦しみを取り除き,相手に喜びを与える)の心
孔子の説く「仁」「恕」であり,孟子のいう「惻隠の心」であり,単なる同情心でなく
いたわる心・・・
また・・・人生において
苦しい・悲しい・つらい・・・はつきもの
これらの苦の体験 は、貴重な・・・宝物だと・・・考えよう。。。
苦しい・悲しい・つらい・・・シナリオがあれば、そこから学ぶことができると思う
感謝することを探しだし自分の魂の進化させなければと。。。
人生という山を登りきるためには・・・
感謝の心・相手を思いやる心・を忘れずに登ること・・・
思いやる心ち感謝の心でうけとめて登るようにと・・・
反対に不足の心を持つと身心ともに疲れて山を登ることが苦しくなるだろう・・・
幸せはつかむものでもなくて幸せになるものでもない
幸せとは、ただひとえに感じるものであるだろう
幸せは感じた人にのみ、そこに存在するものである
感じた人にのみ・・・幸せ・・・が生まれる
不幸も同じである
思いどおりにならないこと と見抜いたそうで
だから・・・思いどおりにしようとしないで、受け容れよ・・・と言ったそうだ
その最高の形は、「ありがとう」と感謝することだった。。。
今日も山頂へと歩き出そう。。。
人生は宝物・・・ムダにはしません・・・
今日も ありがとうと感謝し一日を終えよう。。。
see u




























