最期の時。。
仕事中、前に私が担当してた患者さんが亡くなった。
部署が違ってたから、仕事終わって顔を見に行った。
泣けた。
私は、亡くなった患者さんを前に病室で泣かないと決めている。
特にそんなこと意識しなくても、涙が勝手に出ることはまず無い。そこには患者さんの家族がいて、残された家族の気持ちを考えたら、私など泣ける立場にない。
私がやるべき事は、一緒になって泣くことじゃない。感傷に浸ってる場合じゃない。
私は、私の職務として果たさなきゃならない事がある。
患者さんの身体を拭き、最後の召し物に着替えていただく。少しでも早く終わらせ、少しでも長く家族が共に過ごせる時間を稼ぐ。
いつからか、そんな思いが習慣着いて、そんなこと意識もせずに振る舞えるようになった。
だから、涙も出ないし、仕事も淡々とこなす。
感情的になってたら、仕事の効率も正確さも悪くなる。患者さんは亡くなったその人だけじゃない。他にもたくさんいて、やらなきゃならない事も山のようにあって、冷静さが欠けたら、医療事故にも繋がる。自分の手で誰かを死なせてしまうリスクにも繋がる。
泣き顔で患者さんの前に行くわけにもいかない。変な不安や猜疑心を抱かせ兼ねない。
それでも、仕事終わって、家に帰って、泣ける時もある。長く関わった人やなんとなく気が合っていろんな話してきた人だったりすると、知り合いが亡くなった時のような辛さでいっぱいになる。悲しくて仕方ない。
この患者さんもそうだった。
私が担当してて、思い入れもあった。
認知症の影響で、食事食べてくれなかったり、気持ちが不安定で大声で騒いだり。何やっても嫌がって拒否したり。
どうしたもんかと、家に帰っても悩む日があった。
なんとか解り合えないもんかと、話し方や触れ方やいろいろ工夫してみた。
いつもは冗談と下ネタ好きの可愛いじいちゃんで、スタッフからは愛されてた。
だけど、身寄りがいなかった。
最期の時も、立ち合った身内はいない。
看取る家族がいなかった。
だから、泣いた。
仕事も終わった後だった。
泣いたというより、涙が出た。
触れるとまだ頬も身体も温かくて、なおさら涙が出た。
葬儀の日が、誕生日だということも聞かされて、なんとも言えない気持ちになった。
帰り際、いつものように「またね」と言いかけて、またはもぅないと気がついて、余計に悲しくなった。
帰りの車の中で、耐え切れず泣いた。
もぅ何人看取ったか覚えてない。名前すら思い出せない。
でも、そのたびにこんな気持ちになってたんじゃ、私の心は保たない。
結局、感情移入しないよぅに気持ちを殺してなきゃ、やってられないんだょな。
それでも、泣いてくれる家族が一人もいなぃなら、私が泣いたっていいだろ、って思う。
家に着いたら、サッカーやってて、ゴール決まったの観て、優勝決まって、喜んだ。
気持ちが晴れた。
メールが来て、一人だったけど一人じゃなぃ気もして、悲しい気持ちも癒えた。
私は単純で薄情。
再確認した。
じいちゃん、95歳の大往生。陽気でよく炭坑節歌ってて、おかげで私も歌えるようになった。
一緒に寝ようと布団に誘われることもしばしば。
「ひなたはな、あいつは身体はええ。」
とか、抱かれた覚えはないけど、そんなこと言われて、みんな爆笑。言ったじいちゃん本人も笑ってて。
そんな人だったから、しんみり送り出すのは似合わないよと、親しい人に言われた。
笑顔で送りたいと思う。
部署が違ってたから、仕事終わって顔を見に行った。
泣けた。
私は、亡くなった患者さんを前に病室で泣かないと決めている。
特にそんなこと意識しなくても、涙が勝手に出ることはまず無い。そこには患者さんの家族がいて、残された家族の気持ちを考えたら、私など泣ける立場にない。
私がやるべき事は、一緒になって泣くことじゃない。感傷に浸ってる場合じゃない。
私は、私の職務として果たさなきゃならない事がある。
患者さんの身体を拭き、最後の召し物に着替えていただく。少しでも早く終わらせ、少しでも長く家族が共に過ごせる時間を稼ぐ。
いつからか、そんな思いが習慣着いて、そんなこと意識もせずに振る舞えるようになった。
だから、涙も出ないし、仕事も淡々とこなす。
感情的になってたら、仕事の効率も正確さも悪くなる。患者さんは亡くなったその人だけじゃない。他にもたくさんいて、やらなきゃならない事も山のようにあって、冷静さが欠けたら、医療事故にも繋がる。自分の手で誰かを死なせてしまうリスクにも繋がる。
泣き顔で患者さんの前に行くわけにもいかない。変な不安や猜疑心を抱かせ兼ねない。
それでも、仕事終わって、家に帰って、泣ける時もある。長く関わった人やなんとなく気が合っていろんな話してきた人だったりすると、知り合いが亡くなった時のような辛さでいっぱいになる。悲しくて仕方ない。
この患者さんもそうだった。
私が担当してて、思い入れもあった。
認知症の影響で、食事食べてくれなかったり、気持ちが不安定で大声で騒いだり。何やっても嫌がって拒否したり。
どうしたもんかと、家に帰っても悩む日があった。
なんとか解り合えないもんかと、話し方や触れ方やいろいろ工夫してみた。
いつもは冗談と下ネタ好きの可愛いじいちゃんで、スタッフからは愛されてた。
だけど、身寄りがいなかった。
最期の時も、立ち合った身内はいない。
看取る家族がいなかった。
だから、泣いた。
仕事も終わった後だった。
泣いたというより、涙が出た。
触れるとまだ頬も身体も温かくて、なおさら涙が出た。
葬儀の日が、誕生日だということも聞かされて、なんとも言えない気持ちになった。
帰り際、いつものように「またね」と言いかけて、またはもぅないと気がついて、余計に悲しくなった。
帰りの車の中で、耐え切れず泣いた。
もぅ何人看取ったか覚えてない。名前すら思い出せない。
でも、そのたびにこんな気持ちになってたんじゃ、私の心は保たない。
結局、感情移入しないよぅに気持ちを殺してなきゃ、やってられないんだょな。
それでも、泣いてくれる家族が一人もいなぃなら、私が泣いたっていいだろ、って思う。
家に着いたら、サッカーやってて、ゴール決まったの観て、優勝決まって、喜んだ。
気持ちが晴れた。
メールが来て、一人だったけど一人じゃなぃ気もして、悲しい気持ちも癒えた。
私は単純で薄情。
再確認した。
じいちゃん、95歳の大往生。陽気でよく炭坑節歌ってて、おかげで私も歌えるようになった。
一緒に寝ようと布団に誘われることもしばしば。
「ひなたはな、あいつは身体はええ。」
とか、抱かれた覚えはないけど、そんなこと言われて、みんな爆笑。言ったじいちゃん本人も笑ってて。
そんな人だったから、しんみり送り出すのは似合わないよと、親しい人に言われた。
笑顔で送りたいと思う。
