きっと…その出逢いがなければ
今の自分はいないと思う。
考えを改め、前向きに人生を考えられるように
なっていった。
だけど野球しかしてない。自分になにができるのか全く思いつかない。
当時は景気も良くて、大学さえでてれば
それなりの企業に入ることはできた時代。
とにかく勉強しようと思い、受験までの間は
中2レベルから死に物狂いで勉強した。
今思い返しても、必死になって勉強したのも
あの時だけかな 笑
当時はセンター試験もなく受けるだけなら自由だった。ダメもと中のダメもとで5校受験して
無理と言われていた大学に受かってしまった。
父親からの条件
大学いくなら学費は出すから家を出ろだった。
バイトすらしたことないのに…
父親は本気で学校まで自転車で15分くらいの距離に勝手にアパートを契約してきた。
家賃3万5千円の玄関、トイレ共同の風呂なし
アパート。畳5畳一間だった。
当面の資金20万で家を出された。
家具家電一切なく布団1組だけを持って。
畳の上にお金を置いて色々考えた。
とにかくバイト見つけなきゃ。考えるまてもなく
飲食店ならごはん食べれるかも…くらいで。
バイトを決める。
学力以上に受かってしまった学校。
想像以上に授業についていけなくて
帰宅後も勉強を余儀なくされてバイトどころではなかった。
父親からのお金には絶対に手をつけないと決めていたから、バイトでの賄いやパンのミミで食いつないでいた。お風呂やシャワーは友達の家で借り夏は公園の水道。洗濯は所属してないのに先輩のいる部活の洗濯機を借りて…
母親には絶対に行くなと言っていた父親。
自分も根っからの負けず嫌いだから、自分から
親に連絡することはなかった。
みんなが大学生活を謳歌してるときに
正月も帰ることなく
2年生が終わるまで、遊ぶという文字は一切ない
学生時代を過ごしていた。
いつか見返してやるという
その気持ちだけがこころの支えだった。