現代と古代
高校生の頃、疑問に思ったことがあった。
それは日頃出しているゴミや廃材は処分されるが、処分されずに残ったモノはどんどん溜まりいずれは人が住めなくなるような状況になってしまうんではないかということだ。
だからこそ、人間は再利用が可能なものだけで生活をすべきなんだろうと考えていた。
そして、そんなことをクラスの読書好きのやつに話をしてみたら、真っ向に反対された。
彼いわく、時代は進歩するから使いたいものは使い、食いたいものは食うべきだと。そして新しい技術が問題を解決すると。
俺はこの話を聞いたときに話しは理解出来たが納得は出来なかった。
しかし、こんなことを言っても、今の時代の快適さを到底捨てることは出来ないので、今自分に出来ることを やりたいと思う。
ただ憶測だけの、希望で行動をしたくはない。
それは日頃出しているゴミや廃材は処分されるが、処分されずに残ったモノはどんどん溜まりいずれは人が住めなくなるような状況になってしまうんではないかということだ。
だからこそ、人間は再利用が可能なものだけで生活をすべきなんだろうと考えていた。
そして、そんなことをクラスの読書好きのやつに話をしてみたら、真っ向に反対された。
彼いわく、時代は進歩するから使いたいものは使い、食いたいものは食うべきだと。そして新しい技術が問題を解決すると。
俺はこの話を聞いたときに話しは理解出来たが納得は出来なかった。
しかし、こんなことを言っても、今の時代の快適さを到底捨てることは出来ないので、今自分に出来ることを やりたいと思う。
ただ憶測だけの、希望で行動をしたくはない。
ガウディ
バルセロナで見たガウディの建築にはとても刺激を受けた。

自然にあるのもからインスピレーションを受け、多くの曲線を用いた建築物はまるでディズニーの世界に入り込んだみたいで、ポップで感性的で、最先端の現代アートのようだった。
また壊れた建物から集めた廃材を利用し、それらをデザインの一部として用いていることも現在のエコの考えに一致していることもガウディが時代を捉える目を持っていたという事実に繋がるかもしれない。
そして、ガウディの光の取り入れ方もまた利用性とデザインの両方をかね備えており、時間を忘れて見とれてしまうほどだった。
基本的には一度行った場所には興味を持たない性格だけど、バルセロナのガウディの世界はもう一度触れてみたい。
バルセロナの飯もうまかった。

自然にあるのもからインスピレーションを受け、多くの曲線を用いた建築物はまるでディズニーの世界に入り込んだみたいで、ポップで感性的で、最先端の現代アートのようだった。
また壊れた建物から集めた廃材を利用し、それらをデザインの一部として用いていることも現在のエコの考えに一致していることもガウディが時代を捉える目を持っていたという事実に繋がるかもしれない。
そして、ガウディの光の取り入れ方もまた利用性とデザインの両方をかね備えており、時間を忘れて見とれてしまうほどだった。
基本的には一度行った場所には興味を持たない性格だけど、バルセロナのガウディの世界はもう一度触れてみたい。
バルセロナの飯もうまかった。