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愛あればこそ

 

 

この地球にもし真実の愛が行われなかったら、一体どうなるでしょう。

 

この世は氷のように冷たい死の世界となってしまうでしょう。

 

愛がすべてを生かすのです。

 

生命は愛によっていきいきと生きるのです。

 

真実に愛し合っている男女が生き生きとしてくるのも、二つの命が交流しあって、強い力となってくるからです。

 

愛とは欲望を満足させるためのものではありません。

 

生命と生命が交流しあって、お互いの心が満足し合うのです。

 

そしてその結果が肉体的に結ばれてゆくのであります。

 

親子の愛でも、恋愛でも夫婦愛でも、常に相手の本心が開かれるように、相手の持っている生命の力がいきいきと輝くように、そういう心づかいが必要なので、自分の生命を相手の中に生かしきっていく、ということが本質なのであります。

 

自分が喜ぼうとする前に相手を喜ばせようとする、そしてその相手の喜びが自分にかえってくる、ということが愛なのであり、その愛がもっと根本的になると、相手の本質を生かし、相手の生命をいきいきとさせ、相手の人格がおのずと立派になってゆく、というところまでくるわけなのです。

 

子供でも夫でも妻でも恋人でも、愛していると、常にその人のことが気がかりになり、いつも想っていなければいられなくなる。

 

これが執着になってゆく。

 

愛する人のことを想いつづけるのは当然なのですけれど、いつもいつも執着しているようですと、相手の生命をあべこべに縛ってしまうようなことになって、相手の運命を駄目にしてしまったりすることがあります。

 

ですから、想われて想われて仕方がなかったら、その想いを、誰々さんの天命が完ういたしますように、某さんの生命がいきいきと輝いていますように、とかいう風に祈り言にしてしまうとよいのです。

 

それならいくら想っても、相手の命を縛ることにはなりません。

 

相手のためになることになります。

 

執着の想いを、常に祈り言に変えてしまうことが非常に善いこととなるのです。

 

 

『愛すること』より

 

 

 

愛は

 

絆(きずな)と絆(ほだ)しの関係に似ているように思います。

 

 

 

 

 

 

ここまで読んでくださってありがとうございました。照れ感謝虹かたつむりかたつむりかたつむりカメカメカメグッド!

 

 

 

 

 

 

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