miyazakirintaroのブログ
Amebaでブログを始めよう!

今、マスコミ報道を信じることは危険だ

 アメリカ合衆国では、法律で活字と電波は同じ事業者が持てないようになっている。海外では、一つの事業者がテレビやラジオ、新聞などの多くのメディアを傘下に置くことをクロスオーナーシップといって禁止されている。メディアが政権を倒そうと思ったら新聞、テレビが横並びで批判できてしまう。メディアが権力を持つことそれ自体を直視すると分かるが、選挙の審判を受けたわけでもなく、公務員試験に受かったわけでもなく、なんの権限もないただの民間企業の記者が得意げに民意だ、国民の代弁者だと言い募ってやっている。
 新聞は記者クラブ、官房機密費、再販制度、クロスオーナーシップなど自分たちの既得権益が奪われるものは一切書こうとしない。
 このような背景をもとに、他を非難するだけの自己保存型マスメディアをこの65年間見せられ続け、あげくの果てに日本を貶め続ける政権を援護射撃するだけのメディアに成り下がった。

悪意ある鹿児島の新聞

東国原知事のブログ(2010/10/03)に「悪意」と題するブログ記事が載った。その中で「・・・南日本新聞のあの記者は何の恨みがあってああまで僕の悪口をお書きになるのか? 他県の知事をあそこまでバッシングする必要があるのだろうか? 読んでいて、ネットやツィッター等での誹謗中傷・罵詈雑言と余り変わらないレベルである・・・」という件があった。次期知事への出馬断念の日から、県庁内では、これまで挨拶を笑顔で返していた女性職員が、突然、不機嫌な顔で対応するようになった、とブログでも触れられていたように、災難続きの毎日のようで、気の毒としか言いようがない。しかし、他県の新聞社が、本県の知事を批判する、というのは、いかがなものか、鹿児島県の阿久根市長のリコール問題で、宮崎日日新聞が、これらの当事者を名指しで、非難したことは、これまで寡聞にして聞かない。近所にいる小学校校長から、先日の夏の九州小学校校長研修会の特別記念講演に鹿児島大学の原口泉教授が演壇に立った、と聞いた。この講師は、NHK大河ドラマ「篤姫」の時代考証を担当したそうで、その講演のなかで、今回の宮崎県の口蹄疫の防疫体制がデタラメであった、と批判したそうである。九州の小学校長が約2000人も参加している中で、隣県宮崎の災難続きを目にしながら、宮崎県の対応を非難する神経は、いかがなものかとも思った。このように鹿児島県の新聞も知識人からも宮崎県を非難する状況を見ると、どうも、なにか裏にあるように思えて成らない。九州内で相互に批判するような非生産的な見解を述べる暇があったら、現在置かれている日本の国難である、支那中国の日本侵略に対する非難決議をして、将来に不安を残さないように、九州が一致団結して日本に寄与できる言動をするほうが、よっぽど理にかなっているように思う日々である。

宮崎県民の一人として

今回の口蹄疫事件の終息宣言が、県庁前の広場で午前零時に行われた。この演出について諸議論がわき起こっており、東国原知事がブログで釈明しているが、議論がわき起こること自体に問題はないが、本質的な視座を忘れて、表面的な問題に関わることは望ましいとは思わない。数多くの犠牲を伴いながら、県民総ぐるみで、防疫体制を続け、一頭たりとも、隣県に感染を拡大しなかった、そのこと自体は、宮崎県民としての誇りである。このことを忘れず、驕らず、今後の宮崎県の基幹産業である畜産を口蹄疫発生前の姿にまでもっていくことに、県民総ぐるみで取組、支援していくことが大切だと、県民の一人として思うのである。