どうも、ヤスです!!
稀代の天才とも変人ともいわれた研究者、
アインシュタインの言葉です。
大切なことは、問い続けることだ。
問い続けること、というのは、考えることということに
直結しています。
人間は考える生き物です。
しかし、現代の人たち、特に日本人は
いったいどのくらいの人たちが、
自らの意思をもち、行動をしているでしょうか?
現在の若者にいわれる
無気力 無感動 無関心 もそうですが、
指示待ち人間、受け身人間などいわれることも多々あります。
見たものをそのまま受け入れて「そうなんだ」としてしまう人たちは
脳を使っていません。全くといっていいくらいに使ってないのです。
自分の身の回りに起きる事象に、ことごとく疑問を投げかけてみてください。
何でもいいのですが、たとえば
なぜ、隣の奥さんはいつも機嫌が悪いのだろう?
なぜ、同級生の中で一番パッとしなかったあいつが大成功しているのだろう?
なぜ、自分の体は健康じゃないのだろう?
多分、子供の頃はみんな「なぜ?どうして?」であふれていたはずです。
どうして、車ははしるのだろう?
どうして、自分はうまれたんだろう?
どうして、人のものをとってはいけないのだろう?
そうです、子供のときには
考える素質があったんです。
ですが、まわりの大人や環境によって
考えることをやめてしまいたくなることがおおくなり、
次第に「考えることをやめる」に至ってしまうのです。
子ども「どうして、ひとのものをとってはいけないの?」
大人「どうしてもなの!」
よく聞く大人のこたえNo.1ですよね。
しかし…
正直こんな答ってないですよね^^;
子供は腑に落ちる答を求めています。
それがちゃんと納得できる答を大人が用意していれば、子供はそこから
さらに考えるようになり、自分で考えることをやめません。
なぜ、大人はそうやって答えがちなのでしょうか?
答は至ってシンプルです。
すでに、その大人も
考えることをやめてしまったからです。
もし、これをみて,ハッとなった方、多分親の方が多いのでしょうが、
すぐに答がでなくてもいいんです。そういうときは
うーん、ちょっとお父さん(お母さん)も簡単には答えられないから、
後で調べてみるね。
とか、
じゃあ、一緒にしらべてみよう、
とか、
一緒に考えてみようか。
という風にして、自分も一緒になって子供の素朴な疑問に
悩んでみましょう。
正直私は、子供に対して
それが常識だから
という回答をする親にはなっちゃいけない、と
親になっている友人に言い続けています。
常識ってどこの常識なの?
日本の法律?憲法?マナー?
なにかそういうものにすがりたくなる気持ちも何となくはわかりますが
それは、突き詰めると
あなたの中での常識なんです。
あなたの周りで体験、体感したものだから
常識と思い込んでいるだけなんです。
日本の常識は海外では非常識
といわれるくらいに、あなたの信じている常識というのは
簡単に揺らいでしまうものです。
また、
それって常識だよ?
といわれた方の屈辱的な気持ちを考えたことはありますか?
私はもう、自分の中に特殊なマインドセットをしているので
そんなことを言われたからといって屈辱とは思いません。
ただ「自分のものさし全開だなこの人^^;」と思うことはあります(笑)
常識という言葉はそう思い込みたい人の保険みたいなものなのです。
だから、あなたが普段常識だろ、と思っていることから外れている
ことを聞かれたり、行動を見ても、
この人にとってはそれは知らないことなんだ、という気づきに
変わってくると思います。
もちろん、犯罪は見過ごしちゃだめですけどね(汗)
話が二転三転とブレましたが、
こどもの問いかけに対しては
常識とかなんででも、ということをいってはいけません。
多少難題でも答をだすのです。それが、考える子どもに育つ
ステップになるからです。
そして、常識なんて言葉は、「自分の中」だけでしか
通用しないと認識してください。そうすると、他人の行動、言動に
寛容になるので、さらに一つ上のステージに上がるチャンスになるのです^^
またしゃべりすぎました^^;