僕は納涼祭で司会進行役だった。

委員長だから仕方ない部分もあるが、僕はこういうのはけっこう好きだ。


前職が接客業だったこともあり、しゃべりや人前で話すのは嫌いじゃない。


いや、むしろ好きな方だった。




会は盛り上がった。


委員で練りに練った企画は参加者を楽しませ、酒も入っていることでより盛り上がった。



委員会メンバーとも途中途中で飲み食いし合い、たくさん会話もした。




もちろん奈美ともたくさん話した。



奈美は少しだけアルコールを入れたようで、ほんのり顔が赤らんでいた。



その様子が普段の奈美と異なり、可愛らしさを感じた。




この納涼祭は従業員の家族も参加可能にした事もあり、みんな自分の子供達を連れてきていた。

奈美も小学6年生の息子を連れてきていた。


息子も奈美の影響からか、サッカー好きだ。



僕は奈美の息子とも会話した。

大人に慣れていないのか若干恥ずかしがっていたが、持ってきていたサッカーボールで僕がリフティングをしてあげると、僕に慣れてくれた。




僕は妻や子供達を呼ばなかった。



委員長として忙しく動き回るので、あまり構ってやれないと思ったからだ。





でも、それが全ての理由ではなかった。




奈美と仲良く話したりする姿を見られたくなかった。



何も気にかけることなく奈美と接したかった。





僕の気持ちはそこまでになっていたのだ。







納涼祭は大成功に終わり、参加した皆が満足な顔して帰って行った。




会場の片付けを委員会メンバーと有志で行い、最後は委員会メンバーでお疲れさまを言い合った。




一人一人に『お疲れさま、ありがとう』と言ってねぎらった。


そして僕は奈美の頭をポンポンと叩いた。


『いろいろありがとね。楽しかったよ』




少し照れくさそうに奈美は笑った。






そして奈美は息子と自転車に乗って帰って行った。








その姿になんとなく寂しさを感じている僕がいた。







2週間後、委員会メンバーで納涼祭の打ち上げをやることになった。




僕が発案した。







奈美と会社以外で会い、酒を飲み交わしたかった。






その日が待ち遠しく、奈美とも、楽しみだねというメールを何度か交わした。







そして当日。




普段より少しオシャレな服を着て、ハイテンション気味で出かけて行った。






妻には打ち上げだから遅くなるよと伝えた。






遅くなりたかった。







正直、


その時の僕は、奈美と過ごせる場に行ける楽しみで溢れていた。





妻は疑いなどない。





楽しんできてねと、送り出した。






なぜなんだろう。


こんな気持ちでいてはいけないはずなのに、
僕には罪悪感など微塵もなかった。





それよりも楽しみが大きすぎたんだろう。





予定の19時よりも少し前に僕は到着した。





何人かは既に来ていて、席に着いていた。





10分程経ち、

奈美もやって来た。




奈美の服装は僕の気持ちを更に昂らせた。




僕が好きな女性の服装そのままだったからだ。


元々アラフォーには全く見えないのに、更に可愛らしさが増していた。





奈美は躊躇うことなく、僕の右隣に座った。






そして会は始まった。






僕と奈美の会が始まったと言ってもいいだろう。






メールではやり取りできない話をたくさんした。




深く、お互いを知れた。






僕は気づいた。




気づいてしまった。







奈美が好きだ。







楽しみにしていたワールドカップはあっという間に終わった。


日本代表は予想に反して不甲斐ない成績を残し、僕を含めた日本国民を落胆させた。




奈美との会話もそんな話題になり、ワールドカップが終わった寂しさを共感していた。






兄のトラブルは面倒な内容だった。


相手に言われるがまま数百万の金を工面し、当人同士で示談解決をしようとしたが、相手の夫はその金を破り捨てたらしい。



兄の奥さんが夜中に一人で呼び出された時もあったらしい。



怖かったことだろう。




兄の奥さん、つまり僕の義姉は地主の家に育った。


それもあり、割りと裕福な家なようだ。




でもこの件、義姉は親には絶対に話せなかった。



義姉の父親は兄との結婚に大反対だった。


僕の妻の父親と同じで、所詮親子だからという理由だ。



でも兄は結婚した。




義姉も兄との結婚を望んでいたので、二人は子供を作ってしまったのだ。




さすがに父親も産むなとは言えず、認めざるをえなかった。





このトラブルを話したら父親は兄に何をするかわからない。

義姉はそう思ったのだろう。


だから決して言わなかったようだ。




結局このトラブルは、知人や知り合いの助けも得た上、警察の介入もあり、時間をかけて解決していく方向になった。





でも僕はしばらく兄と話す気にはならなかった。



義姉を怖い目にあわせ、小学生の子供達を夜中留守番させたりしたことに怒りを感じていた。




あまり口にしなかったが、妻も軽蔑していたようだった。

当たり前だ。


女性なら誰でもそう思う行為だ。







ワールドカップが終わった月、僕は今年任命されているレクリエーション企画委員長として、最初のイベントを行う予定になっていた。



夏場恒例の、納涼祭を会社の敷地でやることになっていた。



当然その準備は委員会全員で進める。



もちろん奈美もいた。






その納涼祭が、
僕と奈美を更に深い繋がりを持たせ、

ある方向へ向かせる決定的なきっかけになる。





でも今はわからない。





でも、奈美との何気ないやり取りが心地よく感じ、毎日が楽しく感じているのは間違いなかった。






そして納涼祭当日を迎えた。
6月がやってきた。


ワールドカップが始まる。


今回の日本代表は過去最強のメンバーと言われている。

僕もそう思っていた。



下手したらベスト4ぐらい行ってしまうのではないか。


それぐらい期待されているチームだった。





奈美とはその後何回かメールをし合った。



もちろんサッカーの話題だった。





でも僕はもっと違う話題もしたかったが、それはやめていた。




少なからず罪悪感があったからだ。




今の僕は、


少し妻にコソコソしている。


意識していたわけではなかったが、携帯をよく手に取っていた。




奈美からのメールを期待していたからだ。





奈美とは、理想の先発メンバー、お互いが好きな中村俊輔の話題もした。





お互い、すぐ返信できるわけではなかった。



特に奈美は返信までの時間は長かった。




旦那が近くにいるのかな。




今まで気にもしなかった事が気になり始めた自分がいる。





奈美は僕に対してどんな感情を持っているのかを考えたりもした。





明らかに以前より奈美の事を考える時間が多くなっている。







人間は理不尽な生き物だ。
いや、男だけなのかもしれない。



彼女や妻がいるにも関わらず、他の誰かにも好かれたいと思う。




そこからどうなるとは考えもせずに誰かに好かれたいと思い、格好をつけている。






ワールドカップが始まった。



日本代表の初戦は日付が変わる頃に中継が始まる。




その1時間前だった。




珍しく姉から電話が来た。



こんな時間に。





姉は僕の長女と同じ年の女の子と、2歳下の男の子がいる。




僕ら夫婦の2年前に結婚し、今は実家からそう遠くない場所に家を建てて暮らしている。


僕には兄もいる。
兄とは少し年が離れており、兄も子供が二人いる。

どちらも男の子で、小学生になる。






兄とはほとんど連絡は取らない。



なんの仕事をしているのかも知らない。



ただ、子供達二人が入っているサッカークラブのコーチをしている。




そこは僕が小学生の頃所属していたクラブだ。


息子達のコーチをしているぐらいだから、家庭は円満なようだった。








姉からの電話。





サッカーを楽しみにしてテンションが上がっている僕は若干しらける感じを持ちながらも、その電話を取った。







その電話は僕のテンションを更に下げる内容だった。





兄が不倫をしていた。



しかも相手の夫は堅気でない人らしく、金銭トラブルになっているようだった。






電話の向こうで姉は泣き始めた。




もう1年近く前からの話だったらしく、兄も兄の奥さんも全く誰にも話していなかったらしいが、

ここにきて金銭トラブルになったことで、兄がいよいよどうにもならなくなり母親に相談したことで発覚した。






もうすぐキックオフするというのに





正直僕はイライラした。





そして兄を一瞬で軽蔑した。







親父と一緒だ。








僕はそう思った。








姉との電話を切って間もなく、



また携帯が鳴った。



メールだ。






奈美からだった。






『もうすぐだね。一緒に応援しよー。』







僕は返信した。




当たり前のように。





ほんの数分前、兄の衝撃的事実を知り、兄を軽蔑した僕。






でも、



自分が今している行動を悪いことだなんて全く思っていない。




だから躊躇いもせず奈美にメールをした。







僕は理不尽だった。





自分勝手だった。







自分はそんなことしないと、


自信があった。







根拠はなかった。