こんにちは。一年は早いものですね。
もう誰も見ないと思うんですよね、これ。唯一見てた後輩数人も大学受験で今はこんな「まったくタメにならないブログランキング1位」に輝いたブログなんて見ないでしょう。
見てないよね。
あっ消しゴム落とした…
うわああああああああああああああああああああああああああああああああんはあああああああああああああああああああああああ
ということでほとんどいない見てる人に対しても非情な一撃を与える結果となりましたね。
もうすぐ大学は後期が終わります。これで2ヶ月くらいの春休み。サークルが忙しいですけど少しはゆっくりしたいですね。旅…お金がないっすね。
大学1年生で学んだことと言えばレポートの書き方と正しい論理の理解、あと映像編集が少しできるようになったこと、それと東京の地下鉄に異常に詳しくなりましたね。タイトルもそれ関連です。ハイ。でもそれ関連で私鉄、JR関連についても勉強しなきゃいけなくて(謎の使命感)チョイチョイそこらへんもつまんでますね。話すと長いですよ。でもアレですよ?電車撮ったりする人じゃないですよ?地下鉄における沿線地域の社会的利便性の向上について勝手に考えてるだけですよ?
それと最近は自分のサークルの有り方について考えちゃってますね。組織の運営について考えてると思えば良い経験かも知れませんね。ということでもうすぐ2年生になろうとしている遷都君なのであります。このブログをかつて見てた後輩3人勉強頑張れ。
個人的にはもっと後輩いてもいい気がするんだけどな。部活が少人数だったし後輩と関わるようなイベントもなかったしな~。
あ、あと小話を一つ。正月帰省したんですけど(乗るはずの電車が1時間遅延してて予定発車時刻に発車しようとしてた一本前の電車に乗せてもらうが結局それでも予定到着時刻を40分オーバーして元の電車待ってたら帰りいつになってたのかなんて話は割愛(全て述べてしまった))それで部活に少し顔出しただけで友人には誰一人会いませんでした。今回は運が悪かった。友達は本当に居るんです。今回はたまたま会えなかっただけですのでぼっち自慢だと思った方は悪しからず。
それでは皆さん東京オリンピックまでご・き・げ・ん・よう
ごきげんよう。(合掌しながら礼)
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本当にお久し振りです。遷都君です。
もう前回の更新からどのくらい経っているでしょうか。Twitterで書きまくってるのでそっちを見ていただけると僕の日常が見えてくると思います。大学ネタが多いですけど。
では、近況報告を。大学では徐々に友人が増えてきました。僕が嫌がるので人の家に泊まったり遅くまで遊んでることはないですけども。
サークルも今のところは楽しくやっております。サークルの規模がとても大きいのでいくつか分隊が作られるので友達作りやすいです。文化系サークルってこんなもんなんですかね。今までずっと運動系でしたからなかなか厳しいものがありました。色々と。運動系も良いんですけどね。
勉強は週四のドイツ語以外は楽しいです。大学の学びは覚えることでは無く、考えることなんだと思っています。レポートとか書くのはしっかり考えれば楽しいです。ドイツ語は覚えないといけないんで大変です。
ドイツ語はかなり面倒くさくて、英語と違って名詞に性が付くんですよ。男性女性中性と。それには規則性が無いので単語覚える毎に性も覚えなければなりません。しかも性によって冠詞(a,the)とかその名詞に付く形容詞も変化します。更に格というのがありまして、格というのは英語ならI,my,me,mineのような私「が、の、を」みたいなものなんですけど、それが名詞にもあります。とにかく大変です。まあ、どの外国語選んでも大変ですよね。
ということで春楽器もそろそろ終わりです。期末レポート、試験が沢山あります。それを片付ければ帰省します。8月になります。同級生と果たして会えるのか。
それでは。
最近は5月に入りましたのでそろそろ課題が増えてきます。今日は朝起きてから一睡もしてないのにこの時間まで起きてました。怠惰な生活。ものすごい背徳感と戦っています。
大学生活は順調です。サークルに関してはツイッターにそれとなく書いてありますからご覧ください。大学用語でドハマリは単位取得が困難な授業のことですが(少なくとも僕の大学では)、タイトルはそういう意味ではありません。まあちょっと語学が難しいですが。
今回のドハマリとはツイッターのことです。皆がやってる意味が分かりました。ツイッターの利点は、短文であることです。ブログでは、長文を書こうとするので投稿へのモチベーションが低下します。しかし、ツイッターならちょっと思ったことを呟けます。個人的にはブログを折角開いてくれたのだから読み応えのあるものにしたいと思って結構な量を書きます。大体一つの記事に1時間半はかかります。でもツイッターは5秒です。
有名人も最初はフォローしてましたけどつまんない人もいたのでフォローしている有名人は減りつつあります。ただハガキ職人の方をフォローしたりして以前現実世界の友達は3,4人しかフォローしてません。後は大学が一緒だとか言う理由で顔も知りません。
そんなこんなでツイッターを面白いなぁと思っている初心者なのでした。
話は変わります。先日後輩が卒業祝いか入学祝いか知りませんが、僕の新住所にプレゼントを郵送してくれました。良い後輩を持ちました。プレゼントくれたからじゃないですよ。特に後輩と接するとき僕は色々考えているのでエネルギーを使います。自分が嫌な先輩だと思われない先輩であろうとします。でも言うことは言います。つまり、自分では他の先輩より後輩を破格の待遇をしています。そうしていくと次第にその人の人格が分かってきます。つけあがるとかそういうところに表れない考えが見えてきます。別にそいつの人格を見極めてやろうとか考えてやっているわけではないのですが、人間的に馬鹿な後輩もたまにいるのです。絶対本人に言ったりはしませんが。
話が長くなりましたが、僕が「コイツ良いやつだな」と認める後輩がプレゼントをくれました。今まで注いだエネルギーが無駄でなかったということを感じました。プレゼントくれたから感じた訳ではなくてプレゼントをくれようとする心意気にそれを感じました。
実は高校では僕に「後輩」と呼べる人間の存在があまりに少なかったので高校では嫌なやつはいませんでした。ただ悪くはないやつはいましたが。
もういい加減ヤバイ時間だというのがずっと頭にありましたのでボケられませんでした。すいません。
あ、じゃあ一個愚痴があります。
ぼくの受験生(笑)時代に見ていたブログがありました。それは東大を目指す受験生のブログで、独学でやるというものでした。僕は塾に行ってましたし、東大受験生の結末をこの目で確かめようと思い彼のブログを見ていました。
結局彼は慶應に進学しました。ここまでは良いのですが彼は進学後ブログを慶應○○学部に受かる勉強法とか銘打って僕のやっていた回顧録を延々やっているのです。そのブログで受験生ブログランキングに参加していて彼は一位になろうと必死なのです。ランキング一位になるとお金もらえるんですかね。分かりませんがランキング浮上を狙う彼からは純粋に受験生に勉強法を教えようという気持ちを感じる事は難しいです。何か不純なものを感じるのです。
ああ結構書いた。まだ彼を批判してはいません。受験勉強を頑張っている姿は文だけですがちゃんと見てきましたから。しかしかなり彼に疑問を抱いています。いい加減4時も目の前なのでこの辺にします。それでは。
※ここから追記
僕が疑念を抱いていた彼のブログが更新されていました。内容は、どうやら母校でビラを配っていたようです。勉強しろよ、みたいな感じの。加えて自分が勉強法を教えるためにURLを添えていたようです。彼曰く、母校が「自称進学校」と思われるのが嫌らしく、母校の学力レベルを引き上げようとしているのです。僕は彼の考えていることが良く分かりません。僕が彼と同じような環境にいるわけではないのでなんとも言えませんが、なんでそんなことするんだろう?という気分です。もっとも、これは陰謀論で、彼が本当に慈善の心で行っていることなら構わないのですが。
センター回顧。書いた記事が消えてしまったので手短に。
二月三日の僕のブログ、「完遂」をご覧ください。自己採点と結果が一致しました。これまで一度も合ったことなかったのに。
アドバイス。これから受験生の方は全教科終わるまで採点してはいけません。お勧めは一日目終了後に採点してしまって落ち込むのをネットで見て心に余裕を持たせる、と言うことです。
日本史83点。最後のほうは日本史ばっかりやってたので90行きたかった。金谷先生お世話になりました。ネプリーグがんばってください。
政治経済74点。大学決まってたので好きな政治経済をやりました。勉強してない割りに良くやった。
国語141点。評論小説80、古文15、漢文46、世の中は現代文に泣いたが、自分は古文に泣いた。
英語筆記171点。夢の180に届かず。でも音読しなかったのに点数伸ばしてくれて安河内先生、ありがとうございます。ネプリーグ頑張ってください。リスニング46点。過去最高。
化学84点。得意だったので90行きたかった。
Ⅰ・A72点。確率満点。図形を早々に回避し、被害は最小限。
Ⅱ・B67点。よく覚えていない。
総合695点。他世代の人は今年のセンターが難しかったなんて知らないので600台なのが残念。700の実力はあったはずなのに。ただそんなのは言い訳にならない。
と言うわけで回顧を終わります。
二月に入るともう入院のことばかり考えていた。しかし、入院は約一ヶ月なのは分かっていたので三月始めに卒業式があることを考慮すると、同級生と一緒にいる時間は僅かであった。ただ、彼らはこれから運命の決戦を控えている。邪魔してはいけない。自分はまた同級生と心の壁を感じながら生活していた。
そうこうして入院の日を迎えた。結局大学のこと、今日入院することは誰にも言わなかった。大学のことは以前、一番知られてはならないと記した(と思う)友人に不可抗力で知られただけだ。その友人にも、口外しないように言っておいたので、自分は学校から急に消えた。
入院生活は思ったよりハードだった。手術前日に見た病院ドラマが手術ミスを取り扱った回で萎縮したことに始まり、手術後、太腿の付け根に管が入れられていて、三日くらい痛くなったらそこから麻酔を入れること、その管が座るときつっかえて痛いこと、車椅子の乗り降りなど、枚挙に暇が無い。
そのころに大学から任意の課題や、塾の授業がまだ残っていたので家からパソコンを持ってきて日中はそれをやった。もうこういう受験用の授業を受けないのかと思うとなかなか寂しかった。
入院中に心の安らぎになったのは偶然中学時代に教わっていた先生に会ったこと、他校にいった幼馴染、部活の後輩が見舞いに来てくれたことだった。
こうして約三週間の入院生活は終わった。まだ完全に回復したわけでもなく、立ったり座ったりも一苦労だ。なんとか平然を装って普通のように歩くことはできるようになった。
入院の間に主要私立大入試、国公立大前期試験が終わり、学校は合格発表待ちの学生ばかりで、卒業式練習の日に自分は復帰した。
教室に入ると自分がもう大学が決定していることを友人複数が知っていた。何故知っているのか尋ねると例の友人がある日の昼食時に言ってしまったらしい。彼を責めたい気持ちが湧いたが、すでに大学が決まっている自分の存在が重荷になっていて、そういうストレスも相まって言ってしまったに違いない。「あいつ(筆者)よりいい大学に行かなくてはいけない」と言っていたらしいので自分が思うに、彼は自分に相当対抗心を持っているだろう。やはり一番知られてはならない存在だった。そういうことを考えて彼には言わない約束だっただろうとかなり軟化した態度でやんわり言ってそれだけにした。ただ、彼は自分を相手にすると、そういう対抗心を隠すのか、潜在的で自覚の無い対抗心なのか、そういう態度を見せなかった。ただ、言葉の端々にそれを感じることはあった。
卒業式は特記することも無く意外なことに退院後の記憶があまり無い。恩師の下を訪れたこと以外、記憶が無い。恐らく家でずっと過ごしていたからだろう。
いつも卒業時は自分は憂鬱な気分になる。後悔はない。ただ、底知れない寂しさが自分を襲うのだ。
そうして遂に上京する日になった。今の時代にはSNSみたいな便利なサービスがあって助かった。一見失ったかのように見えたものが実は失っていなかったことに気づいた。それでも一人暮らしは寂しいものではあるが。
そして入学式などを経て、今に至る。
ということで回顧録は何とか終息しました。思い起こしてなるべく時系列に再構成して結構頭を使いました。ただ、時間が経った後に見るとあのときの記憶が甦りそうです。日記の役割も兼ねています。
一つもふざけなかったのでつまらない回顧録になりましたが、楽しくやってたんですよ。
と言うわけでお読み頂いてありがとうございました。
はいこんにちは。遷都君です。このブログも結構長く続いております。皆さんはGW(金週)をどのようにお過ごしでしょうか。小、中、高と運動部に所属していた僕には苦行でしかありませんでした。しかし、今回のGWは特に練習試合もないので(当たり前だけど)ただ休日が続いています。快適ですね。
大学はやったらきりがないけど、やらなくてもきりがありません。僕みたいにサイン会に「今でしょ」と思って行くのも、「アアァァ面倒くせー面倒くせーMAX面倒くせー!!」とマシンガンズをキメ込んでもきりがないのです。
とはいえ、一人暮らしは全て自分がやらないといけないし、まだまだ生活基盤を整えなければならないので(自宅を充実しなければならないので)、東京観光も兼ねて買い物に出掛けます。今回はこれまでのGWを振り返ります。
ハイOKでーす!!
ったく何だよーマシンガンズとか見てる人分かんのかよー
大丈夫っすよ、お笑い世代ですから
そうだよなぁ、分かるよな。ところで今日一杯どう?
えー、先輩断っても強制的に連れてくじゃないですかぁ
おっ、分かってんじゃねえか、じゃあ行くぞ!
先輩待ってくださいよー
…ちょっ、先輩、待ってください、ま、ままままだVTR流れてないっす
何ぃ、ま、まままままままままままままままずい、落ち着け、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお落ち着け!!
先輩こそ落ち着いてください! !
えー、先ほどはお見苦しいものをお見せしてしまいました。まことに申し訳ありませんでした。それでは、どうぞ。
…ったく、危ない危ない。危うく放送事故だよ。じゃあ、気を取り直して、行くk
僕が一人暮らしする際に持ってきた鞄は日常で使えるのはリュックだけでした。今まで使ってきたものなので愛着がありますがなかなかサイズが大きく、電車で座るときなどにもいちいち降ろさなければならないので肩に掛けれて大学でもつかえるように少し大きめの鞄を買おうと決めました。ただ、どこで買うのが適当なのか見当もつかないので観光も兼ねて、観光中に鞄店を探そう、ということにしました。
ということで、日テレ、TBSなんかを巡りました。日テレで中継が回っていたのでカメラ小僧になりました。途中で道に迷い、丸の内を歩き回っていると東京駅の西洋風の建物を見て偶然に観光地が増えました。ただ、その途中で
三菱の邸宅みたいなところに迷い込んだので西洋風は二度目、ということになり、感動も二分の一に。
今はツイッターなんかで問題になるので具体名は避けますが、テレビで珠に見る人をTBSで見かけて、「うわあああ」となりました。小さな子がファンレターみたいなものを渡してて、「うおおおお」となりました。あんまり感動してないので言葉で形容しがたい。
そうして、TBSが鞄を買えるであろう最終地点だったので、結果からいうと、赤坂で鞄を買いました。個人的に赤坂で買ったというのはなんともリッチな気分になるのですが、そんな高級品など買う余裕もありませんし、そもそもブランド品なんかには全く興味がないのです。
そんなこんなで経費が電車代と食事代と鞄代だけという僕の小観光は終わりました。携帯の歩数計を見ると、14キロ近く歩いていました。靭帯切った影響で足の筋肉が落ちているのに加え、まだ膝を完全に伸ばせないので、足は疲労し、微妙に歩き方が違うのです。膝を曲げながら歩いてみてください。重心がつま先に偏りませんか。僅かに膝が曲がった状態で14キロ歩くとさすがに参ります。おかげで足の裏に水ぶくれが。今現在も痛いのです。ですが、なかなかいい経験ができました。
そして昨日は早稲田は休みで(その代わりに授業のある祝日もある)国立大学はどうも授業日なので友人のいる東京外大に行きました。東京の地理をご存知の方ならお分かりでしょうが、江東区から外大まで結構遠いのです。都の東南から都の西北のさらに西へ。電車で一時間半かかりました。友人は授業があるのでどっかで暇を潰せ、とのこと。
学食に行きましたが運営母体が一緒なので早稲田で見慣れたメニューの数々。早稲田に無かったメニューを食べました。そして図書館に行こうと思いましたが、何せ僕は外大生ではないので入れないんじゃないのか、と思いましたが、学外者入り口で手続きすれば入れるとのことなので手続きを済ませて中に。さすが外大。外国語の書籍が山のように。中で寝てる学生の姿はどの学校でも変わりません。早稲田の図書館は学外者も入れるのか調べて、もし可能ならこんど友達を案内しよう。あとキャンパスがすごく新しい。並木道(遷都君が一番大学っぽいと思っている場所)も綺麗なので心が落ち着いた。何やかんやで3時間は待った。
しかしその後がいけなかった。授業を終えた友人が忙しいとか言って帰ろうとしている。前述したが、足の裏に深手を負っている僕に彼を追跡できる能力は無い。ということで、彼と何をするでもなく、帰宅することとなった。
おい、いままでの時間は何だったんだ
pcから更新しているので使ってみました。つまり、今までスマートフォンから更新していたということになります。自分でもスマホで結構な分量を書いてまいりました。褒めてほしいくらいですよ。
話を戻すと、それで帰ってしまったのです。不本意ですが、行きで一時間半かかるということは帰りも然り。こういったことも考慮して帰りました。一日を知らない大学で人を待って終わるのは初めてです。まあ、ドイツ語の宿題を終えたので、多少の収穫はありました。
観光記はこれでおわりです。余談ですが、たまにDVDを借りて家で見ています。大学なので家にいる時間(暇な時間であるがやろうと思ったらやることはいっぱいあるため暇というのはあまりにも語弊がある)が多いため、また中学時代のようにテレビっ子になったのです。
それで今日、マイボスマイヒーローを全話見終えました。日テレの土曜9時のドラマは僕が当時唯一見ていたドラマで(いつからかシリアス路線に走ったので見なくなった)、また年を取ってから見ると、面白さが増えます。
このドラマはかなり良かった。青春の爽快さが詰まっています。見ていてニヤニヤしていました。おすすめ。結構今有名な人もチョイ役で出ています。
ああ、書いた。何字くらいだろう。誰か数えてください。あと大学生活について質問等ありましたらおこたえします。あと回顧録もそろそろ書きますのでしばしお待ちください。
ヤバい。書き出しに詰まる。3月下旬から今日までは本当に沢山のことがありました。前回で語られなかった苦労も多々あります。
まず、引っ越し。知らない町(いや知ってるけど)に知らない家(訳有りで知らない家に)、地下鉄(もう愛馬だけど)のラッシュ、あと何と言っても友達の一人もいない学校。かなり大変です。語り尽くせない。
環境の急激な変化は僕にかなりのダメージを与えました。家でずっと一人の環境には流石に参りましたが今では慣れました。実は隣に祖父母がいるのですが。
旧友は散り散りになってしまいましたが新たな友達も出来ました。しかし入学式で喋った人は学生生活で会いません。
僕がなんとか食らいついて作った友達とは今のところ仲良くやってます。まだあんまり喋っていないし顔と名前が一致してないのでなんとも言えませんが。
ただスーパーでの買い物は楽しいです。あとホームセンター。夢が広がります。買わないけど。買った家具の組み立ては大変でした。
分かりきっていることですが、都会は便利です。近くに何でもあります。ただしかし、それはすなわちそこまで歩いていくということなのです。都会は歩きます。靭帯やっちゃった身としては辛いのです。平気で一日十キロ歩いていました。怪我する前ならもっと楽なのでしょうが…
サークルはもう入ったのですがまた今度書くとしましょう。
そして本題です。「今でしょ」の林修先生のサイン会に行ってきました。
目の前でサインしてもらうのは大野豊コーチ、東進の福崎先生以来です。
サインに名前も入れてもらったのでちょっとここでお見せすることは出来ません。申し訳有りません。ただ結構長くお話できて有り難かったです。僕のとき丁度店員が「巻きで」と言い出したので危なかったです。前に並んでいた高校生の振りにより「今でしょ」も生で聞けて来た甲斐がありました。
僕はテキストも持っていきました。それにより僕は先生の授業を受けていた生徒だ、ということを示せるからです。あわよくばテキストにサインしてもらおうという思いも有りましたが予測通り叶いませんでした。
という訳でこれからもこういう都会の恩恵を受けていきたい所存です。
本日は入学式でございました。
それよりもまず話をそれ以前に戻さねばなりません。東京に着いた僕はアパートの大家さん(祖父母)の家に泊まります。まだ泊まっていますが明日くらいからアパートで寝ようと思います。
一個一個書いていくと本当にきりがありません。疲れて書く気力もありませーぬ(おしゃれ)。
ひとつ書くとしたら家から大学まで約50分の距離だということです(玄関から教室まで)。幼少のころから何度も東京を訪れていますが、その道のりの中で一番心にのこった駅名は馬喰横山です。小学生の頃からかなり気に入った単語で島根に帰っても友達に「馬喰横山」とだけ言ってみたりしました。高学年になると分別もつき、心の中でいうだけになりましたが。
一方、大学には何度も行きました。道は覚えたのですが友達の作り方を忘れてしまいました(おしゃれ)。まあ、4月中ならなんとかなりますよね。うん、なるし…
ということでまだまだやること(事務処理)が沢山あります。6月位まで精神的に疲れて面白いことが書けないかも知れませんがお付き合いください。
後輩の皆々様へ
大学は本当に色んな人がいます。相容れない人もいますが、逆に気の合う人もいます。大規模な大学なら全員と知り合うのは不可能ですから気の合う人が一人でも見つけられればそれで良いのです。
一人暮らし奮闘記なんかやったら面白いのかも知れませんね。
いやぁ、もう受験シーズンも終わり、新生活の季節となりました。
おめでとーーーーーっわりっ!!
とテレビから良く聞こえてきますよね(洋服の青山のCM、溝端武井のコンビのやつ、スーツ着てる青年の笑顔が素晴らしい)。
あのCMの前のやつが僕は好きなんですよ。
逃走中のナレーションの人が「頑張った自分にぃ、スーツのぉ、ご褒美をぉぉ」「PA・PA・PA・power!!」(画面の前の皆さんもご一緒に)と言うやつです。
その中でも須藤元気を中心に踊ってるやつが好きです。踊ってるといっても礼してるだけのやつです。
礼してるだけなんですがこれが奥が深い。サラリーマンは頭を下げ続けなければならないという社会の掟を体現しています。
今思い出しましたがサラリーマンNEOにハマっていた時期がありました。映画をやっていたので今度レンタルして見よう。
それに最後に元気さんが「ハッ!!」と言うところがなんか好きです。
https://www.youtube.com/watch?v=XIvlLShtJE4&feature=youtube_gdata_player
こんな感じです。
突然の報告なのですが、僕は今日引っ越します。東京に行きます。まだやらなきゃならないことがたくさんあるので大変です。5月にならないと心の余裕は生まれそうに有りません。
友達が誰もいないという学校生活なんて経験は有りませんから不安ですね。
永らく親しんだ島根に別れを告げる訳ですから色々思うところは有りますが、思うと泣きそうになるので思いません。
思えば(もう思ってんじゃねえか)沢山の人との出逢いがありました。色々な人に感謝したし、感謝されました。
僕の好きな言葉
沢山のありがとうをありがとう
が胸に染みます。
逆に言えば全てリセットされる訳ですから新たな人間関係の構築を楽しみにしなければならないということです。
まあまずは満員電車突破の難関が有りますからそれに集中します。
集中で思い出しましたが市原隼人が自分をモノマネされることに怒ってるらしいですね。なんでも「役者を甘く見られているようで不愉快」らしいです。なんだかなあ。
モノマネで思い出しましたが番組でモノマネ芸人を扱った企画をやっていて松村邦彦が「モノマネする人とされる人で共存共栄」と言ったらコロッケに「モノマネさせていただいてるんだから共存共栄はない」とぶちギレたのを思い出しました。なんだかなあ。
以上飛行機が恐くて無駄に夜更かしすることで機内で寝ようとしている遷都君でした。
さようなら。
12月に突入しても勉強は継続した。塾の授業の講数が残っていたのでケチで自称完全主義の自分は講を全て受けることに邁進した。周りに合格した人もいないので心までは受かれることはなかった。それにセンターで自分は大学に相応しい学力があることを証明しようとしていた。
12月には合格者がキャンパスに一堂に会する機会があった。出身が近い者で集められアドレス交換させられた。今日まであまり(ほとんど)活用していない。何故か勧誘が無かったのでゆっくりキャンパスを見ていられた。
東京から帰ってくるとやっとMRIを撮った。余談だがコブクロの曲を聞きながら半分寝ていた(騒音が凄いのでヘッドホンできる、そのヘッドホンにコブクロが流れていた)。結果が出て医師の診断を受けるのは1月に決まった。ちなみにセンター翌日である。
1月に突入した。高校最後のテストに向け勉強した。そして人生初のセンター試験を受けた。時間ギリギリでやって来るおっさん(本当にいるものだ)、自分の写真の上に更にシールを貼らなければならなかったが試験官の説明の意味が分からず焦ってシールがずれたりというハプニングを通り抜け、遂に本番だ。
試験の感想は言い出すときりがないので割愛するが、数学ⅠAが終わると泣き出す女生徒を見て動揺しかけた。しかしその人は結局志望していた旧帝大に受かったので形容しがたい心持ちが今のところしている。
怒濤のセンター2日間を終え、翌日は自己採点だった。しかし自分は病院があったので病院に行った。そこで靭帯断裂を知らされ(更に半月板損傷も)、手術が必要と勧められた。ただ入院が約1ヶ月かかるのでいつ入院するか悩んだ。医師の手術の都合もあったが、幸いにも手術にキャンセルが出たのでキャンセルされた日程で手術することとなった。手術は2月だ(決定は1月下旬)。
病院から帰り、学校へ向かった。午前中に三年生は自己採点を終えている。ヤバい空気がクラスに漂っていると思いきや意外とそんなことはなかった。ただ何か違っていたが。自己採点を終え、直ぐに家に帰った。センターが終われば二次対策だ。勉強の目的を失った自分には辛かった(皆辛い)。大学でも使える教科を受けて、後は先生から許可を得て図書室で読書に勤しんだ。
このとき自分はかなり孤独であった。周りを気遣って合格を言わないという行為が未だに適切かどうか分からないままだが誰一人自分の今の境遇を知り得て共感してくれる人がいないのは孤独を覚える。友達は皆人生が懸かったテストに向け一生懸命だ。自分がそうでないことは孤独を覚える。
膝も良くないし、学校での居心地も悪いので早く入院したかった。そしてやっと2月を迎えるのです。
センター回顧はオフィシャルの結果が返ってからにします。
