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My マリオノート

マリオファンの日記です。



正直、この作品をこのブログで扱ってもいいのか、少しだけ疑問に感じるところもあるのですが…
昨日公開されたディズニー映画「シュガー・ラッシュ オンライン」を昨日観に行きました。
その感想を書いていきたいと思います。
もちろんネタバレ全開なので閲覧は自己責任でお願いします。

まず、これまでのアーケードゲームの世界からインターネットの世界に飛び出そう、というコンセプトがもうすごく心に刺さりました。
始まって早々、ラルフとヴァネロペの2人がパックマンやストⅡに関するクイズを出し合ってたり、前作以上にソニックに多く台詞があったり、
シュガー・ラッシュの世界から住民たちが逃げてきた時に「これだけ多くのキャラクターが居場所のゲームを失うのはスペースインベーダー以来です」といった台詞があったりと、
ゲームキャラクターたちにとっては当然でも、ゲームやそれにまつわるものが前作よりさらに身近になっているのが、世界観を面白くしていていい感じでした。

話が段階を進むごとに、だんだん2人はゲームの世界から遠ざかって、見知らぬネットの世界へ行く感じが伝わってきたのもGood。
未知のネットの世界でも、人々が日頃扱っているインターネットのツールやその利便性などが視覚的に再現されており、
ポップアップ広告の鬱陶しさやクリックした行き先のサイトに一気に飛ぶスピード感などが分かりやすく再現されていました。
中でも検索エンジンのノーズモアさん!
めっちゃお気に入りです。検索候補として出てきたワードを自信満々に言いまくるのとか、「誰も私にお礼を言いません」という当たり前だけどちょっと同情してしまうような台詞とか…

しかし、欠点だとか批判すべきだとか、そういう意味では断じてないのですが、
この映画は前作が好きであればあるほど、ちょっとキツい内容になっているようにも感じました。
「スローターレース」というネットゲームに初めてやってきたヴァネロペが、いつもの変わらない生活に刺激が欲しくなって一気にこのゲームのめり込んで行ってしまい、それを見て唯一の親友である彼女を失うまいと奮闘するラルフ…
この一連の流れを見ていて、かなり心が痛くなりました。

2人は親友というより、例えるならわからず屋の父親とその娘に近い関係ですよね。
あれは人間関係で悩んだことのある人には絶対に刺さるシーンだと思います。
シャンクやディズニープリンセスたちがヴァネロペの考えをより助長させるような言葉をかけるのも、考えがラルフに近い自分としては「やめてくれ…」って感じでした。

しかも、その後のラルフのどんな行動にも「正解」といえるような行動はなく、最終的にはシュガー・ラッシュやゲームセンターの世界からは本当にヴァネロペは消えて、ラルフともほとんど会えなくなってしまいます。
その後ラルフは、ソニックやリュウ、フェリックスなどヴァネロペ以外のキャラクターたちともちゃんと親しくなっており、本当に成長しているんだというのが見てとれます。

ラルフ自身がこの別れの事を決して「悪い事」だとは捉えずに受け入れたのは、前作で「悪役として生きるのは決して悪い事ではない」と受け入れた終わり方と重なる気がしますが、その後に控える結末は大きく異なっていると感じました。
それに僕はラルフのように潔い性格ではないので、この結末にはどうしても悔しい思いがありますね…
別に不満だとかそういうのではないんです。
ただ2人が本当にこれで幸せになれたのかと聞かれると、「うーん…」となってしまうんです。
まあ要するに本作は、見る人の捉え方によってはバッドエンドにもなり得る結末なんですよ。
そして僕もバッドエンドだと思いました。
だからといって、ラルフにとっては失ったものよりも得たものの方が大きいだろうし、「いい話」で終わらせられる人もいる事でしょうね。

前作ではあまりにも全てが解決したような、清々しくて希望に満ち溢れたような結末を迎えることができたので、今作でドンと落としてくる対比に耐えられなかったんだと思います。

それに、この終わり方だと、もう続編は作ることができないんじゃないか…
今作で「シュガー・ラッシュ」は完結なんじゃないか、という不安の感情もあります。
続きを作るには、まずヴァネロペが戻ってくるきっかけを作らないといけないですし、
かといって戻ってきても新規層に伝わりづらい内容になっていたらいけないですし、綺麗に完結してるという意味ではこれで終わりでも良いのかもしれませんね。寂しいですが。

そもそも、タイトルになってるはずのシュガー・ラッシュは今作の中では割と空気になっていたので、次回作があったとすればタイトルも変わるような予感が…
エンドロールが終わったあと、「最新作の映像をお見せ!」的な感じでラルフが踊る謎の映像が公開されてたりもしてたので、3作目も企画している可能性はありますけどね。
正直あれを見たときは、例のエンドが刺さりすぎて頭に何も入ってこなかったんですが。(笑)


さて、ここからはこのブログではメインの内容となるであろう事について話していきます。
ズバリ言いましょう。
マリオは登場しませんでした。

前作のインタビューでリッチ・ムーア監督が
「今作にマリオを出せなかったのは、マリオほどのキャラが出てしまうと主人公よりも目立ってしまうから。
続編ではマリオを活かすことのできる場面を作る」と言っていたというのは有名な話で、マリオファンの中でもこの言葉にめちゃくちゃ期待されていました。
しかし、残念ながら今回はマリオはおろか、カメオ出演にクッパも続投しませんでした。

ある意味、前作と同様に、今作のどのシーンにもマリオを登場させるのにふさわしいシーンなんて無かったような気もします。
2人の友情をあれほど視聴者の心に刺さるように描くために一生懸命作った表現と感動を全て持っていってしまう邪魔者(言い方悪い)として、マリオは十分すぎる存在に思えます。

また、本作は前作以上に登場人物がみんな「自分はゲームキャラである」事を強く自覚している、
悪く言えばメタい(そもそもこの映画自体メタネタが満載ですが)設定が多くある内容だったので、そのあたりが任天堂やマリオシリーズの方針にそぐわなかったのではないかと予想しています。
確かに、ゲームキャラが自ら「ここは作り物の世界なんだ」なんて言ってしまうと、ファンの夢が壊れかねないですもんね。

でもマリオがいないからといって悲観することもないと思います。
なぜなら、マリオがいたからこそ生まれたものの数々はちゃんと残っていましたから。
例えば、フェリックスのデザインなんて、
アルファベットの書かれた帽子や大きな丸い鼻、武器のハンマーにジャンプの効果音など、思いっきりマリオですよね。
レースゲームのシュガー・ラッシュも、元ネタは「マリオカート」であるとして作られたもののはず。

それに、実はマリオはいなくても、なぜかハテナブロックが登場していたりします。
実際は、光る黄色い箱に黒くドット絵の「?」マークが書かれた立方体の箱が何個か映っていただけなのですが、
その「?」のドットが初代「スーパーマリオ」のものと完全に一致しているので、これがハテナブロックでなくとも、ハテナブロックに関する何かしらなのは間違いないです。
「マリオは貸せないけど、せめてハテナブロックくらいなら」といった感じで、任天堂がOKしてくれたのかもしれませんね。
ちなみに、マリオは関係ないものの、任天堂ネタっぽいものはもう一つ確認できました。
それは、実際に見てのお楽しみ。ebayのシーンのどこかにあります。

こんな感じでしょうか。
マリオではない作品についてここまで熱く語るのは、自分で言うのもなんですが珍しいですよね。(笑)
でも、本作はいろんな意味で心に刺さる映画でした。
今作を観てから、もう一度前作を見直したくなってしまいますね。
あるのかないのか分かりませんが、3作目がもしあったら、それも全力で応援します。
ありがとうございました。