まあ、今回このテーマにしたのは、今、女性の人が整形をする人が増えているのが気になり、僕なりに思う事を話しますが、人間は、とかく人を比較してしまい、それによって劣っている事に気が付き、それをコンプレックスとして持つ事あると思いますが。確かに劣っている所は補いたい直したいと言う気持ちは誰でもあると思うし、いつまでもどんな年齢でも可愛く綺麗にしていたいのは女性の永遠のテーマだと思います。コンプレックスによるとこで勇気を持てずに自分の殻に閉じこもってしまい、前向きになれなくなり、そんな自分に勇気を持ちたく整形をすると言う事が多いみたいですが、僕は、違うと思うように感じます、整形は、やはり顔にメスを入れる訳だから、それなりにリスクもともなく大変な事と思うし、人は、本当は内面なのではと思います。僕はすごく顔にメスを入れるのは耐え難く感じます。但し僕が同じ女性の立場だと違う見方になるのかな?と言う疑問もあります。僕も親友いますが、親友は顔がすごく良くモテていました、当然付き合っていた人も居ました。僕は顔では明らかに劣っていたので、親友の事を妬んだ事もありました。(ライバル的に見ていた頃もあった。)でも僕が、変わる事が出来たのは、顔では劣る分喋りでそれをカバーする事です。自分の欠点を理解した上でこうなったと思います。自分の欠点を知って納得する事も大事だと思う、但し、それを整形でやるのはと思いました。
今は、カラオケルームとかあるので、いつでも誰でも気軽に行ける身近さがあり、通信カラオケにより、曲の数も多くなりました。自分も歌は上手くないがカラオケはすごく好きで、そういう意味では気分転換にもなります。(一応趣味にもカラオケと書きます。)しかし昔はレーザーディスク、更にその前は8トラックのカラオケがメインで歌えるとこは、主にスナックなどの大人の社交場と限られていました。若い人は、カラオケルームはあるのは当たり前と言うと思いますね。僕は、カラオケ を始めた頃は、演歌からでしたね、周りが年配の人が多かったからです、それから歌謡曲を歌うようになりました。皆さんはどんな理由からカラオケを好きになったかを聞いてみたいですね。
今まで家を出てから3年間二重支払いをしてきたのに、義理の両親は土地の名義はあるのだから支払うのは当然と言う気持ちは会話の中でも感じます。今は、こういう揉め事から憎しみしかありません。したがって、今後は義理の両親とは決別をする気持ちと妻の墓は義理の両親が建てて管理費などもしているから、墓にも行くつもりはありません。それくらい強い気持ちでいます。義理の両親の意固地な人間性に呆れ果てました。家があろうが賃貸であろうが、普通に幸せに暮らすのが一番だど思います。環境が変わればそれなりに対応するのも必要だと思います。