この前、凄い
泣きそうになるほどうれしい体験をしまして。
というのが、仕事で
ちょっと短気な人を怒らせてしまって
トラブル的な感じになったとき
リーダーが出てきてくれて、
仲裁してくれたのですが、
その後、対応についてまあ
色々アドバイスをいただいた後
「まあ、今回は自分も対立するような言い方したけど、
だってスタッフは守らなちゃいけないから」と
言ってくれて。
泣きそうになった
というより
本気で帰って泣いた、のです。
ええと、私は
二人姉妹の長女として生まれまして
小さな田舎町の、ちょっとだけ古いおうちで
暮らしていました。
まあ、そうなると
「家を継ぐ」ということが
普通に自分の人生設計の中に
入ってくるようになります。
冠婚葬祭に父の代わりに出たり、
ちょっと大人のふるまいが求められたり
そんな生活の中で
どうしても、自分は
「守られる」存在という感覚は
なくなっていました。
仕事を始めてから、
リーダー的な役割をしていたこともあり
怖いお客様や
トラブル対応の時には
前に出るのが普通でした。
当然怖い人に相対するのは怖いもので、
もう嫌だー、やめたーい、と
トラブルのたびに思いました。
(まあ、どちらかというと
「私がもっとうまくできたらトラブルにならなかったのでは」
という後悔の方でやめたくなるのですが)
結婚を機に仕事が変わり
そこで初めて、同じ職場に
直属の上司がいる、という状況になりました。
直属の上司がいる、ということは
大樹の下にいさせてもらえる、
ということなのだと思います。
で。
なんだろう、長女的な感じというか、
自分がやらなくてはいけない、みたいな
使命感? 罪悪感? みたいな
そんな感じでリーダーやっている人って
いると思います。
トラブル嫌だ―と思いながら
それでもいやいやその場に立っている人、とか
あとで恐怖が足に来るような体験とか、
している人、とか。
今のご時世、理不尽なクレームとか
いっぱいあるんだろうし。
で、私は、今回上司が直で言ってくれたけれど、
その時、思ったのは、
「ああ、自分は、守られていいんだ」だったのです。
え、自分って、今まで
「守られていい存在って思っていなかった」のだ、と
はじめて気づいた、のです。
ええと、例えば
自分がミスをしたときに
「自分という人間がたまたまミスをした」というだけなのに
「自分という人間はミスをしてしまうダメな人間である」とレッテルを
貼ってしまって
次回以降もなぜか同じようなミスを繰り返す、という
そんな傾向ができてしまうことがあるように、
クレーム対応をたまたましなくてはいけない立場にいる、というだけで
自分はそういうものの受け皿にならなくてはいけない存在なのだ、と
勝手に思い込んでいるひとがいるんじゃないかと、
いや実際、自分そう思い込んでいたじゃないかと。
そんなことを感じたんですよね。
守られたいなら
自分は守られていい存在だと
思い込んでしまえばいいのだと
そんなことを思いました、です。