(猿岩と戯れる⁈)
この大会のこれまでの流れを。
2年前の10月初めの第一回大会は台風後の暑く湿った南風で30°c近くの気温で完走率は約50%、第2回は台風前の暴風に見舞われながらの78%だったようです。
しかし、今回は最高気温も20°cを少し越えたくらいで気持ちいい天候にも恵まれて私の今年の締めのウルトラマラソンは終わる事が出来ました。 気のいい人達にも出会いましたしね〜。👏
さて、振り返りを。
金曜日の朝に博多港フェリー乗り場に少し早めに着くと意外に少ない乗船待ちの人。おやおや、この大会 大丈夫かな〜っと…。しかし、時間が迫るとど〜〜っと増える人影。そうか、ここは新潟における佐渡島的に長崎県民にとって身近に綺麗な海を持つ観光地なのねっと理解しました。
乗り込んで雑魚寝状態で2時間20分余りのフェリーの旅で郷ノ浦港に着きました。しか〜し、会場までの送迎バスを乗り過ごしたのでポチポチと歩いて壱岐の島ホームの大会受付まで。隠岐の島での面影が重なります。
受付会場ではメーカーさんでは靴下メーカーのItoitexさんしかいなく(製法もおありだろうけど、もうちょっとデザイン・色使いを工夫してくださいよーっと注文しました、…)チョット盛り上がりには欠けていましたが、前夜祭を期待しましょ っと…。昼飯の味処を近所に探しに行くと とある店へ。
混雑していたので後から入ってきた相席のランナーさん達に混ざって、後々、親しくなるUさんとも情報交換をしながらのサザエ丼を頂きました…。
一旦 石田地区のペンションに荷物を置いてからの前夜祭会場でUさんと再会、初対面のKさんとも歓談しながらの開場待ち
レセプションでは地元中学生管弦団による演奏があり、下手なボケ、ツッコミなどをぶっ込みながら( ◠‿◠ )青春の桜花を繰り広げていて、彼等の色々準備段階を経ての本番を想像するとウルっと見守っている自分がいました、…。💮
生の魚介類が無かったのは食中毒を心配してだろうと納得することにしましょ。
1番乗りしたテーブルには 青森のみちのくジャーニーでお見かけしていた⁈女性ランナーさんとも歓談。
翌日は 背中にjapanのネームが入っているシャツを着ておられて流石にスタートから早かったなーー!(◎_◎;)
また、初100kmのKさんを励ましながら⁉︎翌日の再会を約束して分かれました。
さあ、そんなこんなで……大会当日。全くたっぷりと熟睡出来たので 気持ちも良いし、天気もいいし、サイコ〜な状態でのスタートです。
私はヤンチャそうな子供には ハイタッチを強要したり(パワハラか( ◠‿◠ ) )、年老いた婆様に触れ合ったり しながら(びっくりしただろうねー)島民と共に成長していくウルトラマラソンを盛り上げていった⁈のです‼️
レース的には大エイドの50kmまでは私にとってはまずまずの6’30"ペース 75〜90kmはギヤを上げて最後まで行き着けるかと思いきやの失速。まだまだ自分の残存体力を把握しなくちゃいけませんねーっと反省です。なーんとか12時間切りでした。
そして、夜、送迎バスで戻った宿(ゲストハウス)の気の良い若いオーナーさんに遅くまで開いていた寿司屋さんに運んで頂きカウンターにて一人祝勝会を店の大将さんと歓談しながらやっていました。気の良い大将に宿まで送迎して頂いたら、ゲストハウス(オーナーさんの祖父母の家を改築したのだそうです)の炉端⁈にて
大会に出られた年配のランナー夫妻さんと 壱岐の島旅行中に思い付いたように 大会ボランティアに参加された女子2人とゆんたくを交わしました。
色々なランナーさんを目の当たりにして、びっくりした⁉️こともあったようですが、楽しかったと言って頂き1参加ランナーとしてほっとした次第です。
大会翌日はUさん、Kさんと合流して大会で途中応援して頂いたイルカパーク🐬で楽しんだり
その二人はもっていたようで 地元新聞記事にてまるでワンツーフィニッシュしたランナーのように写っていたのでした👏
さあ、今年の大会納めを無事に終えたので来年の250kmへのステップを少〜しずつ登る準備をしていくことにします‼️














