面白い話
さらに言えば、面白い(つまらない)と感じたのは自分だけかもしれない。
ここをはき違えてる人、多い気がするなあ。
何見ても「つまんねー」って言う人が居るが、そう感じても黙っておくべきだ。面白いと思っている人がいるかもしれないだろ。お前がツマランと言ったせいでそういう奴らの気分が悪くなるんだ。よっぽど自分のセンスに自信があるんだね。
物事は、それを面白いと思う人のためにある。だから、つまんないと思ったら普通は黙っておくべきだ。
しかし誰にも参加の権利はある。それは誰にも剥奪できない。ニコニコで「批判するなら見るな」ってコメがよくあるが、それも違うと思う。
前述の通り大衆の前で批判を叫ぶのはどうかと思う。
しかし誰にも剥奪できない参加の権利がある。さらにインターネットは極めて特殊だ。だから批判する奴は悪くない。むしろそれ以外の奴らがネットの使い方をわきまえていないと思う。
以上、俺的「笑いへの態度講座」でした
魔法少女まどか☆マギカ
予定より一日遅れたがコンプしました。
アニメを全て見るなんてけいおん以来のことだなぁ。ニコニコチャンネルで一気視聴したのが良かった。
ニコニコチャンネルで見るのはオススメです。画質や音質が優れているし、合法的手段なので気分もいいです。DVDを買うことを考えれば、圧倒的にお得であると思います。
それでは内容に触れていきます。なぜそのようなことをするかというと、この感動は記録され伝えられるべきだと思ったからです。要するに自己満なのです。
最初に見たときはどう見てもただの萌えアニメ。OPもそういう風に作ってあるし、そもそも絵が「ひだまりスケッチ」のアレ。可愛い。
実は以前に、第2話だけ見たことがありました。そのときの印象はこうです。「訳が分からないよ・・・」
2話くらいまでは伏線オンパレードなのでよく分かんないのです。大して進展もないし。
しかし、このような現象はすでに「魔法少女リリカルなのは」にて体験済みなのです。「リリカルなのは」もこれと似たような感じで第3話まではあまり動きがありません。しかし第4話にて、水樹奈々演じる真のヒロインフェイトテスタロッサちゃんが登場し、物語の面白さを一気に加速させるのです。私はそこで学びました。「アニメはしばらく見なきゃ面白さを掴めない。」
「魔法少女まどか☆マギカ」も、その法則の通り、第3話で面白さの加速が始まります。
「マミられる」のです。
その後、黒主体の背景・赤文字によるキャスト紹介というカオスなEDが流れ出します。
私は思いました。「やられたっ」と。
ナメてかかっていました。同じ魔法少女でも「なのは」とは全く違う方向へ進んでいくのです。
第2話まで萌えアニメを装ってきたまどマギスタッフが、「ただの萌えアニメだと思ったの?釣りでしたwwwwwwwwwフヒヒwwwwwwwwwwwwm9」とあざ笑っているような気がしました。
そこからの伏線の張り方と回収の仕方は見事と言わざるを得ません。
徐々に明かされていく魔法少女の秘密、
謎の転校生「ほむほむ(通称:暁美ほむら)」の真の狙い、
QBの隠された思惑・・・
魔法少女に課せられた悲痛な結末と戦うまどかたちの優しさには魅せられました。みんないいひと。
彼女たちのそれぞれの最期は、感動モノでした。
人は、大きな望みを叶えようとしたとき、同時に命を賭して戦う運命に身を投じる。それは魔法少女だけのことではないのではないでしょうか。
大きな希望の引き換えに大きな絶望がやってくるのも、すべてに共通して言えることかもしれません。
つまり、皆が幸せになる世界というのは存在しないのです。
でも、まどかの様に、本当に守りたい他者のために望むのならば、引き換えにやってくるものは絶望ではないのかもしれません。
まどかの様に真に心優しい人間ならば円環の理を超越できるのかもしれません。
そんな人たちに守られて、私たちは今幸せに生きているのかもしれません。
最後の最後でほむほむにワケ分からん翼が生えたのは気になったなぁ。虚淵って人はトンデモなBADENDを作るのがお上手みたいだから、深い意味が込められていたんだろうな。
ネットで調べるといろいろ考察がある。ラストを視聴者それぞれの視点から考えさせるようにしたのも凄い。
最後にこのアニメを個人的に評価するなら、「かなり良作~神」ということにしたい。
近年の単調な萌え・ギャグ・エロを使わず、ここまで現代的な、視聴者に強い印象とメッセージを残す作品はアニメ界の中でも貴重だと思う。
一緒にまどマギを見ようと約束していた友人には全力で謝罪します。あたしって、ほんとバカ。
