三沢さんが、最後のプロレス大賞MVP。
盟友小橋なきリングで、命を削りながらGHCを七回防衛。
ポイントだけ見るより、多少、時間を追って観たほうが
わかりやすいので、少し時計を巻き戻す。
20世紀末を挟んだこの時期、
巨大戦艦・新日本が傷つき混迷した。
仕掛けられた暴走王・小川さん投入による”負けたら即引退”から
結局新日を離れ、2005年に亡くなった橋本選手。
猪木さんは藤田和之選手を中心とした格闘技路線へ
巨艦の舵を切り、迷走がつづいた。
その後、武藤さん、小島選手、長州さん、藤波さん、坂口さん
そして、猪木さん自身も新日本を離れている。
永田選手は、
ミルコ戦ヒョードル戦と出陣するなかで苦しんだ。
今ではWWEで日本人スーパースターとなった中邑選手は、
対格闘技という状況の中で、当時数少ない勝ち組だ。
そんな歴史を経て、
前年平成18年、棚橋選手が初めてIWGP王者になり、
このころから、中心選手として歩みはじめた。
が、ファンにその「愛」が伝わるまでは、まだ時間が必要だった。