僕は今大学生ですが、人生で政治の話、したことはほぼないです。多分10時間ぐらい(適当w)
それとは逆に、よくわからん芸能人の話を友達とせざるを得ない。
話が詰まった時、「○田翼って知ってるー?可愛いよね!!君は女優だと誰が好きー?」ってなります。
女優なら誰でもいいわ笑
可愛いから女優だからな。まぁタイプとかあるか…
論点はそこじゃないwなぜこんなタブーなのか?
ネットを調べても出てこなかった。調べろよw
ただ思うことは政治の話をもっとしていいんじゃないかということ。
よく日本は"和の国"というが、本当にそうだろうか?それならどんな主張をしてもいいばずだ。
今の日本はそんなことを言いつつも違った意見は忌諱するような風潮があると思う。ただ、何か極端な意見を忌避するという点では良いような気もする。
この理由としてやはり"ディベート"をしないことが理由なのではと思う。人の意見を聞いて、主張する。
今のよく分からん一方通行の教師のやる気のない授業を聞くのは無駄である(だからといって小学校からやればいいとは思わない。基礎は詰め込み、知識のインプットが大事。小さい頃からやると適当なことを言いまくるようになると思う)。アウトプットする場があまりにもなさすぎて、生徒は飽きてしまう。なぜこんな単純なことが分からないだろう、文科省w
そこで"日本流"のディベートをやった方がいい!欧米流はやはり"主張"。日本流は"傾聴"(韻を踏んでるよっ)
日本語は文法しては
主語+目的語+動詞
だが、英語は
主語+動詞+目的語
であると言う。
これは相手の話ををちゃんと聴くという文化と、戦争でもたもたしてたら殺される。早く用件を!というのに起因しているらしい。
そんな日本語の長所を考えて、よく聞いて、咀嚼し、自分の意見を言う場がなぜ無いのだろうか?確かに意見を表明すれば傷つく人はいるのかもしれない。ただ、それは遠回しに、ストレートじゃなく言えばいいだけだ。それが和歌だし、察するという文化の真骨頂である。
政治に関してもそうじゃないのだろうか?あまりにも皆意見がない。FBでは左翼がうるさいがw
活発な議論が出来ることを望んでいる。
ただ知識もないのに適当に喋るのはダメだ。日本人はそんなことを考えているのかもしれない。完璧主義は良い面と悪い面がある。
もう少し自分の意見を言ってもいいんではないか?そんな風に思い、池上彰の選挙特番を見ることにするw
