リブログ記事”「占い好き」なだけでは幸せになれない理由”
リブログさせていただきます。神頼みも何となく同じような気がします。今、あれとこれが気になってるけど、良くなったらいいなぁ!と神頼みして、何か 変化があったことは無いように思います。今、これは、こことここがうまく行かなくて、いろいろ考えてみるとあそこが原因でだからこんな風に改めると、こんないい結果になると思うんだけど、改めてみてもうまく行かない。もうちょっとがんばってみるけど、見守っていてください。っていうくらい、精一杯やってると、突如全く違う解決法が出てきたりする。そう言うときは、「神様えらいイジワルやなぁ。最初っからそう言ってや。」って、神様にバレないように言ってます。で、実は会社も同じ。自分は何をどうするのが他の選択肢の中で一番良いのか説明する。以前は、これとこれ、どうしましょう?って平気で上司に話してた。で、前の部署では、考えろって。で、ずーっとかんがえてると、わからなければ聞きに来いって。で、前の部署は、というか、その上司は死ぬほど嫌いになった。でも、今はわかります。自分の領分、自分の世界、自分の知識で精一杯考えて責任を持って兎に角進め!でも、どう考えても甲乙つけがたいとき、いつでも相談にのってやる。そして、そのサイクルを早くしろ!(早くしてやる!)「いつでも相談にのってやる。」これが、ときに占いだったりするのかなと思います。だから、体が感じるままに!みたいな考え方とのギャップはどこから来るのか、突き詰めたいと思っています。