ちっちゃい光 -5ページ目

ちっちゃい光

ちっちゃい光の冒険と成長記録



我が家は、両親とも無宗教でした。
でも、日本人あるあるの多宗教の表現の方が当てはまるのかもしれません。
私の幼稚園は、お寺の系列です。
でも、小学校に上がってすぐに日曜学校(教会)に通っていました。
もちろん、法事は仏教で、お正月、節分、七五三、お祭りなどの行事は神社です。
年齢ははっきり覚えていないのですが、多分4歳の時、寝ていると枕元に眩しい光とともに神様がいらして
「あなたは神の子です」「これから起こる出来事は、成長していく為の試練です」「理由は、いずれその時が来ればわかります」
と伝えて消えてしまいました。
その時から、その言葉を伝えてくれたのは神様だ。と勝手に信じて、頑張る事、努力する事が大好きな子どもとして成長し始めました。
「人生、生きていくことは修行だ」と、言葉に表現出来る様になったのはだいぶ後になってのことですが、言葉ではなく体得していたという感じですかね。
いつかわかる使命まで頑張ろう!と、まだ純粋だったので、とても素直に信じていました。

純粋だったからなのか、理由は定かではありませんが人と比べる意識はありませんでした。常に競争相手は、自分自身。
点数が悪ければもっと良い点数をとる。
例えば、逆上がりが出来なければもっと練習して出来る様になる。
わからなければわかる様になるまで、調べたり教えてもらったりする。

偉人・天才と呼ばれている方々の書物や見聞としての知識と出逢った時、同じように挑戦してみるのです。
やり続ければ出来ると信じる純粋さ、素晴らしい!
今、少し戻りつつありますが、つい最近まで臆病虫を飼っていたようで出来なくなり、遠ざけ気づかないふり、見えないふりをしていました(⁠´⁠-⁠﹏⁠-⁠`⁠;⁠)

たしか小学2年生の時、天才君が学校の鉄棒で大車輪を見せてくれました。
当然、天才君のマネをして
モチロン!?(当たり前の様に自分も出来る、簡単そうに見えていたので)
私は、見事に落下し気絶。医務室から近所の外科病院へ運ばれ検査(⁠-ー-⁠;⁠)
無事でしたが…ww
怖がらず挑戦する勇気!?ある子どもでした。
発明家・発見のお話は、新たな発明や発見をしないと成り立たないのでそんな機会が訪れるだろうと勝手にワクワクしていました。
偉業に対して、又、今の自分に出来ないことを既に出来ている人や事柄に対して尊敬し、賞賛していました。
悔しい、羨ましいなどの感情は生まれていませんでした。
超ポジティブ!?
「かなりおバカさん」と呼ばれる由縁かもしれません。

こんな思考や行動は
人と比べている人達の考えが理解出来ない、と言う感性の源だと思います。
この考えは30歳位まで思っていた為どんどん常識とされている社会からズレていってしまった様です。

のちに避けられ仲間外れになったり、知らない所で色々と言われてしまった事柄は又追々お話します🙇