ちょっと間が空きました。

 

本日は、誰も興味が無いであろう、ヨガ通訳の準備のことについて書きます。

 

なぜなら今そればっかりだから頭が他に回っていない。

 

まずお仕事の依頼をいただきます(ありがたいことです)。

 

内容を伺います。この段階で私はあまり深く考えずに時間さえ空いていれば「はい」と即答して、後から「あわわわ、大変だたくさん準備しなければ」となります。

 

得意不得意を考えるよりもご縁を大切にというわけです。いえ単なる考え無しです。

 

ここから講座の内容に即した準備を始めなければなりません。

 

できれば担当講師の方から単語リストをもらいたいところ。

 

初めての講座、先生なら、マニュアルを英語と日本語両方いただいて、それを飲み込むかの如く両方読み込みます。

 

そして分からない用語は暗記と、私はYouTubeなどでその内容に似たもののレクチャーを聴いたりします。インターネット様様です。

 

関連図書を呼んで準備することもあります。

 

今はまさに来年2月に担当するであろう講座の準備のために本を一冊読んでいるところです。

 

初めての講座、先生なら、事前に打ち合わせも絶対に欠かせません。

 

この事前の準備でどれだけ内容が掴めているかで当日のパフォーマンスが雲泥の差なのです。

 

ところが綿密に詰めることができないことも多いのです。

 

その日生徒を見て内容を決めるという方もいる。

 

完全にぶっつけ本番です。

 

できることしかできません。

 

そんなトレーニングの通訳を担当して「今回限りで呼ばれないだろう」とギッタンギッタンに打ちのめされてとぼとぼと退散しても、「今年もお願いします」と再度呼んでいただいて「私で本当に良いのですか」と何度も確認しても大丈夫とおっしゃっていただく奇跡も起きます。

 

繰り返します。できれば前もって準備したいです。

 

マニュアル翻訳も担当させていただく場合、これは良い場合と大変な場合と両方あります。

 

用語がもう決められていたら、読んで読んで読み込む、暗記する、ということができますが、当てる訳語が私が覚えていたものと違う場合(間違いという意味ではなくて)、頭の中で書き換えをしなければならないのが大変です。

 

私が翻訳をする場合は、すべて私の責任になるので、ドーンと重い。慣れていない内容のものだと当然ですがものすごく時間をかけてリサーチをします。でもこの段階で先生とかなり濃密なやりとりをすることもできるので、講座を見る前からある程度の理解が深まっていますから、心の準備は整えることができます。

 

今までに200時間のトレーニングマニュアルの翻訳は2回担当しました。数百ベージだから終わった後の達成感ったらなかったなあ。

 

そのままトレーニングの通訳も担当すれば、翻訳した内容を受講生が読んでいるところが見届けられて感無量です。

 

そしてマニュアルをすでに読み込んでいるので準備自体は楽になります。

 

昔、初めて200時間のトレーニングを担当した時、そこのスタジオではぶあっついマニュアルが全部で5冊くらいあって、その英語版と日本語版を毎日毎日、トレーニング開始時間の朝9時に間に合うように必死で読みました。

 

それはつまりトレーニング受講生の2倍の読書量ということです。英語と日本語だから。

 

そして用語を暗記しました。口で発話するための練習もしました。

 

先生は私が初めてということを知っていたので、当日の原稿も事前にくれていました。それも読み込みました。

 

トレーニング期間の4週間、毎日が睡眠不足との戦いだった。

 

その後、同スタジオの200時間を何回も担当して、このトレーニングに関しては今ではほぼ全く事前準備が必要ありません。

 

そのことに今でも自分で驚きます。

 

続けてできたおかげだなあ。

 

今週末に新しいトレーニングがあります。

 

マニュアルは訳したし読み込んだ。

 

単語帳を作って今は暗記している最中。

 

でもまだ完璧ではない。

 

ドキドキします。

 

楽しみだけど怖いです。

 

正直、私の頭の出来だとここまでしか無理、というラインもあるのです。

 

天才的に上手な人もいるのですが、私はそういうタイプでは全くない。

 

でもそれでも、最善を目指して頑張るしかない。

 

よし。

 

頑張ります。

 

さて先日「掴んだかも!」と思ったラグヴァジュラーサナですが、早速2呼吸ホールドは沈没しました。

 

でも1呼吸ならカムアップできたから。それだけでもめちゃめちゃコアにきた。

 

腸腰筋を鍛えているときはなんとーもいえないもやっとしただるさがお腹の奥の方に生まれます。

 

面白いよなあ。自分の体なのに47年半この体と付き合ってるのに知らない感覚がまだまだある。

 

ヨガの通訳の依頼でとある専門書を読み始めています。

 

仕事でもなきゃ勉強しなかったと思うのでこういう機会は本当にありがたい。

 

新しい分野に飛び込むのは脳に良いと分かっちゃいても自分ではモチベーションが続かない。

 

でも仕事だとやらなきゃならないから。

 

この分野に関してはもう少し私の理解が深まったら書くかも。でも書かないかも。

 

今日やったヨガらしいこと、アーユルヴェーダらしいこと…あんまり思いつかないな💦

 

そんなに逸脱したことはしていないはずだけど、ヨガとアーユルヴェーダが日常だからやってたとしても個人的特別感がすっかり無くなってしまった。

 

 

ひとつ、生活の知恵的なことを書いておきましょう。

 

喉が痛くなったときのレメディについて。咳が止まらないときにも。

 

こんなときだから単なる風邪であっても喉が痛くなんかなって欲しくない。

 

でも、単なる風邪だとして、痛くなった時、咳が出るときにできることを。

 

コップにお水とティーツリーオイルを2、3滴垂らして、ガラガラとうがいをします。1分間ガラガラしてください。

 

これを1日に複数回します。

 

これで変化しなければ、もうやめてもいいです。効果ないということなので。

 

この効果があるかどうかの見極めって大切だと思う。

 

師匠マイラは持病があって薬を飲んでいる人によく、その薬を飲んで症状は改善したのか、と問うていました。

 

大抵の人は「いいえ」と答えます。

 

そして「改善してないならその薬は効いていないわね」とぶった斬られるのです。

 

初めてその言葉を聞いたとき、私はポカーンとしました。

 

そして、「そりゃそうか!」と思いました。

 

お医者さんが飲めっていうから飲むのだと思うのです。

 

でもそれが効いているかどうかは自分の体なんだから自分でも分かるはずなんだ。

 

アーユルヴェーダとヨガは私たちに力を返してくれます。

 

本来、人として当然持っているはずの力です。

 

効果がないなら続けない。改善するならやればいい。

 

あったりまえのことをあったりまえのように実行していきたいものだ。

 

えっと、喉の痛みが引かない場合はどうすればいいのか?

 

ただの風邪だとしたら、そういう場合は、安静にしましょう、食欲があるなら消化の良いものを食べましょう、体の知性を信じて、自分が治癒するイメージを強く視覚化しましょう、というところでしょうか。

 

ただの風邪ならこれが一番の薬なんじゃないかなあ。

 

最近のアーサナ練習スケジュールは、月水金がアシュタンガ、火木はロングホールドのアーサナ練習、土曜日は108回太陽礼拝、日曜日はお休みです。

 

体を積極的に変えていこうと思った時、今はこの形がベストかな。

 

と言えるのは、セバスチャンの「変わんなきゃヨガちゃうぞ」という言葉を頼りに練習をしてきて、「変わってきた!」と確信が持てたからです。

 

今日の内容は私のへっぽこアーサナ練習備忘録です。

 

かれこれ7年くらいアシュタンガを練習しているんですが💦まだまだセカンドの最初の方をちんたらやっております、てことは何度も書いたんだけど。

 

ラグヴァジュラーサナで3年以上行き詰まっていて、これをなんとかしたくて試行錯誤してきました。

 

この3年のうちここ2年は先生についていません。

 

ラグヴァジュラーサナ、聞いたことない、知らないどんなの?と思われた方は検索してみてください。

 

ウシュトラーサナのお兄さんでカポターサナの息子みたいなポーズです。

 

実際そんな順番やし。

 

ラグヴァジュラーサナは後屈です。

 

そのしんどさはウシュトラーサナの比じゃない。

 

膝立ちになって後屈に入り、両手で足首を持って頭頂を床、5呼吸ホールド、カムアップ、までがポーズです。

 

3年前に習った頃、私の頭頂は床から離れる気配がありませんでした。

 

カムアップと空を飛べと言われることが同じくらい不可能だと思いました。

 

一年はぼーっと練習していて、こりゃ「変わらなかヨガちゃうぞ」の法則だと思ったので、師匠マイラに練習をみてもらうことにしました(マイラは昔アシュタンガの先生もしていた)。

 

マイラは私の太陽礼拝を見て「ウッタナーサナの精度を上げていきましょう」と言いました。

 

私の膝は過伸展気味。その場合の典型で、前腿が働いていなかった。

 

そして立位全般では、内腿を中央に引き寄せることに意識を向けました。

 

タダーサナで立つ時は恥骨から上へと背骨を伸ばすことを意識しました。

 

各アーサナを20呼吸ホールドしました。

 

アシュタンガの練習では、何をするにも骨盤底筋に意識を向け、私のできる範囲でムーラバンダ、ウディヤナバンダを入れました。

 

これで、ラグヴァジュラーサナのカムアップに欠けていた筋力がだんだんついてきたんだと思います。

 

入る時から出る時までずっと前腿、内腿、骨盤底筋、腸腰筋を働かせ、肋骨を閉じ、肩甲骨を下げる…これらが連動してきたのがわかりました。

 

途中で途切れたらもうだめだからね。

 

それで先日、とうとう2呼吸ホールドしてカムアップできるようになってきたのです!やったー!

 

目標は5呼吸!

 

筋力ない人として47年生きてきたけど、そろそろ少しは筋力ある人にレベルアップできたかな!

 

「変わんなきゃヨガちゃうぞ」という言葉。

 

いつも私の指針です。

 

変わるために一番苦手なことを克服しようぜ、と言われているみたい。

 

ちなみにアシュタンガでは10年初心者と言うんだよと先輩アシュタンギさんに教えてもらいました。

 

私、まだあと数年は初心者でいられそうです。

 

もう少し1人でラグヴァジュラーサナを練習して5呼吸ホールド、カムアップができるようになる頃にはシャラに気軽に行ける日々になっているといいな。

 

これができるようになったら先生から新しいポーズをもらうというドリームが叶う。

 

日常にヨガとアーユルヴェーダを、と決めています。

 

が、ふと気づけば、最近、気づきをメモしていない。

 

ひらめきが少ない日々なのでしょうか。

 

確かに翻訳と通訳とその準備に追われている感があるなあ。

 

本日は散歩に出ませんでした。なぜなら追われているから。

 

コロナ以降、仕事で外出することがゼロになり、わざわざ外に出なければ出ずに済む生活になりました。

 

アーユルヴェーダのディナチャリャでは散歩はとても大切にされているので、これではまずいな、と思って、毎日なるべく外に出ようとしています。

 

今日は出ませんでしたけど。

 

特に食後の散歩をお勧めします。

 

消化を促すからです。

 

さて、何で消化が順調かを確認するのでしょうか?

 

それは、それは、もちろん、トイレ事情です。

 

出たものの検証です。

 

お母さんたちならお子さんのうんち💩を見ているのではないでしょうか。

 

2、3歳のお子さんのお母さんから、「子供にスパイスの入った食事を食べさせてるんですけど、まだ早いでしょうか?」と尋ねられたことがあります。

 

早速師匠に質問したら、「普通食を食べ始めるのに良いタイミングね。スパイスは量に気をつけて。うんちがゆるかったらスパイスが多すぎだから」と言われたので、そうお伝えしたら、「うんちがゆるかったのでスパイスを減らします!」と言われました。

 

そうやって出たものが教えてくれるのに、大人である自分の💩を見ることを止めていませんか?

 

アーユルヴェーダではトイレ事情に積極的に関わりますよ。

 

💩の様子がいろんなことを教えてくれます。

 

たくさん見てください。

 

自分の消化の成果をその目で知ってください。

 

💩観察ポイントとしては、まず、色。

 

それから、未消化物が入っていないか。

 

全部きれいに消化している場合は表面がつる〜んとしています。

 

なんか残っていたら、それは未消化物です。

 

これの解決策は割と簡単。

 

よく噛んでください。

 

口の中で固形物が液状になるまでグジュグジュに噛み砕いてください。

 

つる〜んとしたものが出るまで。

 

胃は固形物を消化できないのだそうです。液状のものだけを受け付けます。

 

これってすごく大事。だって、食べても消化しないなら食べるだけ無駄でしょ。

 

食べても栄養が行き渡らないなら飢餓状態になってもおかしくないんじゃないかな。

 

似たような話で、ジャンクなものを食べたらいくら食べても満足がいかなかった記憶があるな。

 

体は思ったよりも厳密に反応している気がします。

 

(余談ですが、ベジタリアンになって驚いたのは臭いフリー💩になったことだ。肉は体内で発酵するというけど、そういうことなのかもしれない。先日止むを得ず鶏肉を食べなければならないことがありました。どうせ食べるのだから、美味しく感謝していただきました。そして次の日は臭いがありました。「わー」と感動しました。)

 

便秘の人は食物繊維を、と一般的に言われますよね。それで、葉野菜ばかりムシャムシャ食べたり。

 

これだと便秘は改善しません。

 

ブツがないとバナナ状のは出てきませんからね。

 

だから、お米とか南瓜とか、ブツになりそうなものを食べる必要があります。

 

毎日、何をどれだけ食べたかとどんなものが出たかを記録すると良いです。

 

そうすれば原因と結果がだんだん分かるようになります。

 

これを知ることがアーユルヴェーダだと思う。

 

そして💩本体もですが、その回数もいろいろなことを教えてくれます

 

消化が順調だと、理想的には、朝起きてすぐ、あとは毎食後に出るそうです。

 

それって相当な回数やで。

 

大丈夫。ドーシャにもよるそうで。一回あたり大量に出ていれば、そんなに回数はいらないようです。

 

が、毎日出ることは必須。しかもいきまずに。

 

ほとんどすべての病気は消化から始まると言われています。

 

そのバロメーターである自分の💩をよく知りましょう。

 

前からそうなんだけど、最近は特に日々のああだこうだを書くので精一杯です💦

 

それでも日常にアーユルヴェーダとヨガを!と宣言しているわけだからなんかあるはず。

 

というわけで、オンライン時のグラウンディングについて。

 

最近こればっかりやな。

 

えっと、オンライン上でも仮想でも空間は生じるので、そこでなんらかのエネルギー交換は行われるわけです。

 

だから、その場を自分のものにすることは大切です。

 

グラウンディングの手法はこれがとても得意です。

 

と書きながらも今日もすでに場のグラウンディングを忘れてヨガのオンラインクラスの通訳をやっちゃったよ。

 

グラウンディングの方法は前にも書いたのだけどもう一度。

 

自分のグラウンディング:

  1. 背筋を伸ばして座り、両目を閉じる
  2. 骨盤から土管みたいに太い管を地球の真ん中に下ろす
  3. スイッチオンしていらないものはドバドバとそこから捨てる
  4. 地球の真ん中あたりから大地のエネルギーを上げて、足の裏から吸い上げ、そのエネルギーが膝を通り骨盤を通り、骨盤の土管から下に下ろす
  5. 宇宙のうーんと多くから輝く宇宙のエネルギーを下ろしてきて頭頂から入れる
  6. そのエネルギーが背骨の裏側を通って尾骨まで降り、そこで大地のエネルギーを10%拾ったら天地のエネルギーを混ぜたものを背骨の表から上にあげ、頭頂からピューと噴出させる
この自分のグラウンディングだけでもやっておくと全然違います。
 
特に人前に出る時には是非やっておきたい。
 
場のグラウンディングは、本来なら目の前の空間に対してやっておけばいいんだけど仮想空間の場合は、私は部屋を一個イメージしてそこに参加者が入っているつもりでやることにしています。
 
場のグラウンディング:
  1. 部屋の角全てから線を引いて部屋の真ん中で線を結ぶ(合計8つの角がある)
  2. その真ん中にバラの花を一本置く
  3. バラの花をグラウンディングさせる(つまり地球の真ん中と天を結ぶ)
別に人前に出なくても、オンライン会議でも飲み会でも、こういうことをやっておくと、場にのまれないのです。
 
オンラインでなくてオフラインでもやると良いです。私はそっちはよくやる。
 
環境がどうでも自分らしくいられます。
 
 
最近よく思うのですが、ヨガとアーユルヴェーダは天から授けられたものだから、これに関することをお伝えするときは必ず本当のことを言わなければならなくて、でもそれ以外は本人次第だなあ、と。つまりその人の人間性だなあ、と。
 
例えばアイアンガーはとても短気でおこりんぼだったと聞きます。
 
でもアイアンガー先生(先生呼ばわり)の「心のヨガ」は素晴らしい。
 
ヨガについて、アーユルヴェーダについて、共感して感銘を受ける、でも伝える人に何かを求めるのは違うのかなあと思いました。
 
きっとさ、その人も普通の人間と同じで迷ったり遠回りしたり間違えたりしながらジタバタ生きていて、それは私たちと同じなんだろうなあ。
 
その上で人として尊敬できる人が自分の人生にいてくれればそれはラッキーな人生ですね。
 
そんな人に出会えれば、人生のお手本にできる。ミラーニューロンが活かせる(覚えたての知識)。
 
ヨガをしている人は人格者?ぜんぜん関係ない!つまりヨガをしてもしていなくても、人間性は本人次第。
 
ただしヨガは自分を律するのに使える。
 
まあ普段からあまり人と接していないので(コロナでそれが加速した)あんまりよく分からないですけどね!
 
あ、私が通訳をしている方々のことを言っているのではないです。
 
むしろヨガ、アーユルヴェーダを通して出会った人、ヨガとアーユルヴェーダに関係なく出会った人、いろんな人を思い浮かべて思ったことです。
 

案の定、昨晩も通訳を終えて放心していました。

 

開始前に自分と場のグラウンディングを忘れずに意識的にできたのでいつもの自分でいられたことは良かった。

 

先生はよくあんな小さい画面で生徒の足を観察できるよな、と思う。

 

さぞかし目が疲れることだろう。

 

流石にあれで終日は無理だろう。

 

私だって対面だったら8時間の通訳はかろうじてなんとかなるけど、オンラインだったら3時間が限界。というか一度2時間で限界が近づきます。

 

 

野菜について。食べ物のプラーナについて。

 

野菜の美味しさを初めて認識したのはオーストラリア滞在中でした。

 

日本のようにいろんな味付けをあまりしないオーストラリアの食事では野菜本来の味が日本よりも分かりやすく、その味は、日本よりも力強いと思った。

 

それは太陽の日差しが日本よりも強いからか(当時の真夏の猛暑日で40度を超える日が何度かあった)と思っていた。

 

今オーガニック野菜を食べるようになって、その訳が分かったかも。

 

きっと日差しだけじゃない。

 

正直言うと、近所のスーパーのオーガニックコーナーの野菜だとこれは分からないんだな。

 

ファーマーズマーケットに行って、有機農家さんから直接買った野菜、それも全部がそうではなく、なんだろう、こう、力強い野菜を育てて販売している農家さんが確かにいることが分かった。

 

オーストラリアの野菜が美味しいと思ったのは、そりゃあもしかしたら日差し、そして土壌、さらに一部の有機農家さんの野菜から感じる力強さ、これをプラーナと言うんだと思う、その全部のおかげだったんだろう。

 

プラーナはサンスクリット語で、英語だとlife force生命力なんて言われるけれど、日本語では「気」だしスターウォーズでは「フォース」。

 

ヨガの修練の1つプラーナヤマは呼吸法だけれど調気法とも訳され、まさに気の調整。

 

ベジタリアンをやるのは大変だなと思うのは、お肉、魚、玉子等でドーピングできない代わりに全てを野菜のプラーナで補わなければならないのが、それだけのプラーナを備えた野菜がそんなにたくさん出回っているわけじゃないところ。

 

自粛期間中はオーガニックマーケットは開催されず(なんでや。スーパー、デパートよりも感染リスクは低いはずやろ。青空やで)、もうスーパーの野菜じゃ満足できず、かろうじて宅配をしてくれる数少ない農家さんと、オーガニックや減農薬の野菜専門のネットスーパーから取り寄せていました。

 

今年は長雨続きであんまり作物が育たなかったそう。

 

今後、なって欲しくはないけどでももしかしたら似たような状況になった時に、有機農家さんがまた個人相手に宅配してくれるとは限らない。

 

今の私のミッションは、最高有機野菜を作っている農家さんとのパイプ作り。

 

ただの一消費者だけど、なんとかつながっていきたいと思う。

 

美味しい野菜を食べるために。

 

ただの食い意地ではないよ(そりゃほとんどは食い意地だけどさ)。

 

生命力、プラーナのためです。

 

 

いや〜、昨日もサボったわ。

 

通訳を夜にしたので頭が吹っ飛んでた。

 

アーユルヴェーダ的に言うと(というほどでもないけど)ピッタとヴァータが増大しまくっていてクールダウンの時間が必要でした。

 

頭を空っぽにする時間。

 

一番良いのは温泉にとっぷり浸かるとか、自然にまみれるとかなのでしょう。

 

できるか!東京の夜10時にそんなん!

 

せめてアビヤンガでもと思っても気力がなかった。

 

まあ通訳ってそんなもんです。

 

今月から割と通訳と翻訳の予定があります。

 

読み込むべき資料と覚えるべき単語に溺れそう。

 

いや、もう溺れた。

 

 

一昨日だったかな?

 

「場のグラウンディング」がオンラインだとうまくできない、ということについて書きました。

 

で、師匠マイラに質問したら返信あり。

 

まずは自分をきっちりグランディングさせること。そして仮想空間だけど、普通の一部屋を想像して、そこをグラウンディングさせると良い、とのことです。

 

昨日はそれで落ち着いて通訳できたと思う。

 

一昨日は2時間半ずっと震えていましたけどね。

 

緊張はヴァータ過剰です。

 

それと、グラウンディングが外れているはず。

 

改めてグラウンディングの大切さを実感しました。

 

しばらく更新が飛び飛びになるかも。

 

通訳をした日は放心しています。

 

明日も夜に通訳。

 

おやすみなさい。

 

 

 

明日も通訳です。

 

ヨガの方の通訳です。

 

しばらく通訳の日々が続きます。

 

更新は途切れ途切れになるかも。

 

日々の雑感は書くかもしれません。

 

例えば、「いつもは通訳の前に『場のグラウンディング』をするんだけど(結構前にその手法については書いたと思う)ズームっていう仮想空間ではどうやればええんや?」という気持ちとか。

 

まさに今日そう思ったよ。

 

今その答えはないので、明日からもあれこれ試してみようと思います。

 

不思議なもので、仮想空間で合っても参加者の人数に緊張の度合いがちゃんと比例するの。

 

私は接続の関係で、ギャラリービューという全体が映る画面ではなくてスピーカービューにしているのですが、それでも圧を感じます。

 

そこにだけ存在するエネルギーがあるのでしょう。

 

だから、『場のグラウンディング』は成立すると思う。

 

どうやれば良いのかな。

 

あ!師匠にメールで聞いてみよう!

 

今日は寝ます。

 

おやすみなさい。

 

今から通訳。

 

昨晩は今日のワークショップのことで頭がいっぱいで、すっかりこちらを忘れていました。

 

初めての現場は(オンラインだけどさ)めちゃくちゃ緊張します。

 

頑張ろう。

 

ヨガを科学するワークショップです。

 

前にも書いたと思うんだけど、私は「ありのままでいいんですよ」は解釈次第では全くヨガではないと思います。

 

「ありのままの自分」は確かに素晴らしい存在ですが、ありのままの自分にこの自分お意識が到達するまでのプロセスは、それなりに辛いこともある。

 

自分の本質をたくさんの過去の記憶が玉ねぎの層のように覆い隠して本質はすっかり見えません。

 

この玉ねぎを一枚ずつ剥がす作業は、自分の心の引っかかりみたいなものをヒントにして、意識的に終わらせていく必要があると思います。

 

そのプロセスがヨガの修練。

 

それをヨガのアーサナ練習で実践することもできます。

 

私には逆転が苦手で大嫌いだった期間があります。

 

自分にできるわけがない、と思い、逆転ができるようになるのは、自分ではない運動神経の良い人たち、私は関係ない、と決め付けていました。

 

これが私の生き癖です。

 

無理と思ったことは「私には関係ない〜ふんふんふ〜ん♪」で完無視。

 

自分は頑張り屋である、逃げないんである、と思い、そういう私でいたかったんだけど、違ったんだよなあ。

 

今も逆転は苦手だけど、できない自分にちゃんと向き合って、いつかできる日が来るように練習を続けています。

 

ちょっとしたことに生きる癖が出てくるものなんですよね。

 

 

「癒される〜」という言葉もよく聞きますが、これも解釈次第では全くヨガじゃないと思う。

 

これ、自分以外のなにか、誰かに自分を癒すことを任せていますが、自分の中にある癒さなければいけないことは、自力で癒さない限りまた現れますよ。

 

受け身ではなくて、自分が積極的に癒すのでないと、効果は続かない。

 

 

ヨガの修練は、本当の自分の本質の外側に張り付いた玉ねぎを、自分の力で一枚ずつめくっていくためのものです。

 

ヨガアーサナを練習して、呼吸法をして、瞑想をして、めくって剥がす。

 

玉ねぎを剥がして剥がして、一番奥底にあるのは、きっとプルシャだろう。

 

ハイヤーセルフだろう。

 

セバスチャンは以前よく「ヨガが楽って誰がいうた〜」と言っていました。

 

本当にそうだよな。

 

見たくない自分を見つめ続けるんだからそれなりに厳しいよ。

 

柔らかい光