すべての答えと能力は その人の内側にすでにある。

すべての答えと能力は その人の内側にすでにある。

宣言しました、私にもわかりません、わたしが勝手にできません。3,22,2011.てふてふがベーリング海峡を渡る。

あなたへのメッセージ(経書を読むことは即ち我が心を読むなり、我が心を読むことは即ち天を読むなり。
>.心を養い生を養う。生活で感を磨き生活で紡ぐ。                               
「神の魂が私の魂の中に流れ込み、私の魂が神の魂の中に流れ込む」
愛と光の自分に絶好調!
自分は完璧だ!


聖者は心が魂に従っている
私が今肉において生き 霊によって信仰しているのは神の子である血統と心情によるのである


、「なるようにしかならない。しかし、なるようにはなるだろう。
なるようにするのは、万能の神である魂だ。
悪いようにはならない。
奇跡も起こる。


https://youtu.be/Z-Rpd48GiM0?si=bo4YN1wxZvniC2fR



また、『本居宣長』は、小林秀雄の「肉声」が、活字の体裁をとったものである。本居宣長は、稗田阿礼の「声」を聞き、小林秀雄は、本居宣長の「肉声」を聞いた。そして、語った。これらはひと続きの口承である。そして今日
も父の肉声 に聞きいる。


光文書

(ヒカリモンジョ)

Vol.800+30+170=1000最終回

新千年紀へ

いよいよ、この光文書も千回を迎え、終了の時が来ました。次のタイトルは、「SHINMON」(神文または神紋)というものになることが、神示として降りています。
光文書が、なぜ終わりの時を迎えたタイミングで、改めて、神の言葉を伝える、あるいは神のはたらきのしるしを示すものが登場するのかの理由を今回はお伝えすることにします。
その結論は、神の謀りごとというものは、これほどのものだということです。
でははじめます。
時は千九百九十五年の年明けに、ヤタガラスと呼ばれる神意識体が、私の意識上に現われました。道案内をいたします、とのことで、起きたのは、大地震でした。これで、神の戸が開いたのですが、私のところに出たのはウシトラノコンジンのデータでした。これを解明するために、二千二十五年までの三十年を要したのです。そして、二千二十五年に、大本教の出口王仁三郎が用意し、笹目仙人が、ユーラシア大陸の崑崙山脈のある場所に収めた、月宮殿のご神宝が発動し、地球規模の立て替え、立て直しのスイッチが入ったのです。
その結果、八月十五日には、神界による日本列島の取り戻し宣言が出たのですが、そのタイミングで、またヤタガラスが現われ、三十年ぶりの次の道案内をいたします、との言葉を受けたのでした。その道案内とは、精神学を必要とする人間界への道をつけることだったようで、それから、情報、あるいは、データを持つ人間に会う機会が増えはじめたのです。
ある日、高名なジャーナリストの方から、旧約聖書に関する情報を届けたい、との連絡があり、十二月の十九日に、その方から、あの阪神淡路大震災に被災し、人生を問い直した時に、聖書の神からのコンタクトがあり、いまある聖書の文言を、人間が書き換えてきた事象の神の側からの証言を、この世に伝えることを託されたある人物の文書が、私のもとに届けられたのです。

その文書からは、きわめて強い波動が出ていて、それを見た瞬間に、私は、光文書が千回で終わり、と伝えられてきた理由が、そこにあることを理解したのです。つまり、聖書の時代の終焉を確実に人間界に伝達する方法として、神そのものが、神の言葉を、ある意図を持った人間たちが、書き換えてきたことを告発しようとしている、ということです。
聖書が、本当に神の意志によって、この地上に置かれた書物ならば、その書からは、神の波動が出るはずです。それが、出ていないということは、もともと、聖書は、人間界の歴史の中で、手が加えられてきたということです。それを証明するのかも知れないと、これまで期待されてきたものが、死海文書というものでした。クムラン文書とも呼ばれるそれは、長らくエッセネ派のものだと考えられてきましたが、近年では、旧約聖書の原典かも知れないという説が浮上しています。もし、この死海文書と、神戸から出た文書が神の言葉を正しく伝えていたとしたら、一神教の歴史はひっくり返ることになります。もしかすると、それは一神教の歴史だけではなく、いまのこの世をひっくり返すほどのものとなる可能性を秘めているのです。
ここに記されていることは、一神教の神、聖書の神というものも、ウシトラノコンジンこと、国祖たる国常立の大神の物語の一部だということです。
これで、日本の神話と一神教の物語が統合されることになります。これが、日本の仕組みというものなのです。そして、この人間が書き換えた神の言葉の情報が表に出ることによって、イスラエルの民の一部は日本列島に到り、日本人の血に、その記憶が継承されてきたことも確定することになります。それは、一般にいわれる日ユ同祖論ではありませんが、いまの世界のマネーをコントロールしている人間グループが、なぜ、日本列島を支配下に置きたいと行動してきたかの理由も、これで表に出ることになります。
精神学が、いまの世界のマネーは、神の権威を盗んで作られたものという知識を、人間界に伝えてきた真の意味が、これから開示されるということです。
正しい神の戒律は、ただ三つなのです。盗むな、殺すな、偽証をするな、その三つの罪が聖書の歴史には隠されているということを伝えて、この光文書の最終回とします。

 

神紀六年(二千二十六年)一月八日 積哲夫 記

この最終回に合わせて、スサノヲ神が日本復帰を宣言したようです。