風丸の駄文 -43ページ目

風丸の駄文

いろいろと駄文を重ねてます。
共感、反論あるかと思いますが、ご容赦ください。




自分だけの恒例行事にしている、

秩父、三峯神社参拝へ行ってきました。

ふと、今回で何度目かと

過去を振り返ってみたら、

今年で11回目となりました。


初めはご利益というより、

パワースポットと言われる場所の

パワーがどんなものなのかと、

興味本位で行った記憶があります。


仕事が天気の都合で急遽休みになった、

春先の平日の小雨の日の朝、

何故か、今日が絶好のチャンスとばかりに、

思い立って、単身、秩父まで車を走らせました。


日頃のストレスもあったのか、

毎日変わらぬルーティンのような日々に

嫌気が差していたのか、

知らない街を流してみたいという気持ちが

強かった気がします。

小雨の中、初めて足を踏み入れた三峯神社の参道と、敷地内の空気は、

何とも言葉にし難い神聖さを感じ、

精神的な軌道修正というか、

精神的なリセット機能が働いたような感覚になったのを今でも覚えています。



毎度見せていただく、
不変の建造物と、

毎度違う天気など気候条件によって異なる

風景が、

日常で溜まった余計な垢のようなものを、

浄化してもらう、という気持ちなる。

それだけで満足感のある参拝です。

小雨、土砂降り、雪、霧、晴天と、

毎回毎回違う表情の三峯神社とその近辺の、

風景にはそれぞれに風情があって、

その中にある建造物は、そこにデンと

変わらない姿で安定感を見せつけている。


そんな全体像が、自分の日常とリンクしてかどうかは分らないけど、

日頃のあれこれでデコボコになった自身の気持ちや精神を平坦な、いわゆるフラットな状態にしてくれる、そんなふうに感じています。

2回目以降は、毎年4月の1日に参拝すると決めて、毎年同じ月日に参拝していても、

毎年風景が違う。

得したような、そんな気にさえなります。


もともとボクは、神社などに行く際に、

願いごとをしたり、ご利益を期待して行くことはせずに、

いつも挨拶をしに行く感覚で行っています。

「いつも無事にいさせてもらえてありがとう」みたいな。

そして「今後も支えてください」くらいの、

お参りです。

だから、願いが叶ったとか、叶わなかったとか、

ご利益があったとか、なかったと言う、

自分の中の期待みたいなものが端からないので、

参拝するときは概ねフラットな気分で神様に向き合えていると思っています。

実際、気分が晴れるだけで、清々しい気持ちになれるだけで、

良かった、と思えること自体がご利益のように思えるので、

それだけで充分だと思ってます。

そんな感覚でいつも過ごしているので、

時折、自分の能力では到底無理だと思っていたことが、すんなりできてしまったりすると、

「これはもしやご利益か?」

などと思えたりして、密かに喜んだりしています。

虚勢を張ったり、無理を重ねたりと、

とかく日常ではやりがちな、

本来の自分とは違う行動をすると、

ストレスや良くないものが溜まってしまう気がします。

その軌道修正を行う場所が、

ボクにとっての参拝です。