ー一般市民が"均一化"されつつ…ー
ちょっと都市伝説混じりの内容になりますが、
まず、都市伝説的推測によると、2018年から本格的に「人間選別」が始まるぞ!
という推測らしく、一部では既に始まっているとか…
その"一部"とは、ご多分に漏れず
"インターネット社会"のようで、
SNSなど、おおやけの場で、悪影響をもたらすであろう問題とされる発言などをすると、
"削除"されたり"アカウント停止"になったりするそうです。
一時期、"モンスターペアレント"などと称して、何にでもいちゃもんをつけたがる輩が問題になったりもしましたが、
どうやら今後進められる"選別"は、ちょっとそのへんとは意味合いが違って、
判断基準が、グローバル化されることによって、
"正しいと思ってとった言動"であっても、
"グローバル化された基準に反するものであれば規制…即ち選別の対象になり、上記のような処罰を受ける"ようです。
簡単な例えで言うと、
冬の寒い夜、裸でマッチを売る少女、いわゆる"マッチ売りの少女"の姿を可哀想に思い、マッチを買ってあげた人。
これはセーフ。
裸で冬の寒空の下では大変だろう、と上着をかけてあげた人。
これもセーフ。
まだ幼いのに、寒そうな格好でマッチを売って生計を立てるなんて、可哀想に…
「ウチに来て、少し暖をとって行きなさい、ついでに暖かいココアもどうぞ」
としたところでアウト!
らしいです。
もちろん、少女をウチに招く段階に妙な下心が無いと言うことは大前提ですが、
日本人に多く見られる"情"というものが、
"グローバル化された基準に沿わない"と判断されたようなものだと思わないでしょうか?
もう少し身近で、ありがちな例えで言うと、
街中で喧嘩をしている所へ、Aさんが仲裁に入りました。
なかなか収まらない喧嘩に、ついつい言葉を荒げてAさんは、
「いい加減にしないとぶっ飛ばすぞ!」
と言って喧嘩をしている二人の頭をコツンと小突きました。
そこで、アウト!
行き過ぎた行為とみなされ逮捕、となりかねない。
そんなふうになってしまうんではないのか?
って言うのが、
"グローバル化された人間選別"
のようです。
そんな世の中に変わっていくと、
他人の間違いを見ても、おちおち注意してしまうと、下手をしたら自分が罰せられてしまうとばかりに、
人々は見て見ぬふりで、その場をやり過ごしてしまうほうが安全だと感じて、自分以外の事に対して無関心を装うようになってしまうのではないか…
そんなふうにボクは危惧しております。
そこで、なんとなく思ったことが、
"一般市民が突飛な行動ができないように統制し、均一化することで、人の心を骨抜き状態にされて行くんではないか?"
という不安。
要は、"ある権力者"にとって扱い易い世の中を形成するための布石なのでは?
と、都市伝説的に思ったりもしています。
100均の商品は、それぞれ一長一短ありますが、大きく見れば所詮100円だから…
と安易に考えてしまいがちです。
それと同じように、
"人間も、一長一短あるけど、所詮人間だから……"
みたいに軽くあしらわれてしまう、と言うか、
"無機質で一山いくら"
みたいな扱いになってしまう未来が待っているとしたら、なんとか回避したいと思うところであります。
あくまでも、ボクの想像の域を越えないもですが、異を唱えるばかりでは先には進めないので、折り合いをつけながら、生きていくのが賢明なんでしょうか?