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人間の感覚と錯覚は恐ろしいもんで、「もしかしたら、福岡の本戦決勝に行けるんちゃう?」などという淡い期待を持ってしまう。




この欲深いオヤジ集団は、それでもより良い演奏が本番で出来るようにと、ずいぶんとスタジオに通った。




時同じくして、井上ともやすさんが主催する、上野公園の野外音楽堂で開催されるフェスティバルに参加をさせていただける事になった。




なかなか楽しいイベントであった。



僕らは新参者ということもあり、オジサン連中でありながらステージの仕込みからしっかりと手伝った。


何だか、学生時代を思い出し、ワクワクしていた。




このフェスティバルには、落陽つながりで幾つかのグループが出演した。




ケンターキーが本格的に人前に登場したのは、この時のような気がする。




ムードフォークという新しい音楽観を全面に、ケンマスター作詞、ターキー作曲のスタイルが確立されつつあった。




このステージでは、「椿」「駅待ち」「孤独なボサノバ」あたりをやったのではなかったかな…。



まだ他に二曲程やった気がする。


僕は、すり鉢状の観客席の、かなり上の方から聴いていた。



ターキーの作曲の才能の凄さを感じながら…
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2010年 第13回NHK熱血オヤジバトルに応募してみた。



リンダ君が見つけてきて、手続きも全てリンダ君がやったのではなかったっけ。



この年は全国を7ブロックに分けて、各ブロック毎に、事前のテープ審査で6組が選ばれ、地区予選を行い、優勝バンドが決勝へというシステムだった。




第13回の大会は、全国で歴代最高の437組がエントリー。




僕らは関東甲信越ブロックへ「二人のサンバ」でエントリーした。

エントリー数が110弱だったと記憶している。




8月上旬の締め切りで、6組に選ばれたかどうかは9月上旬の連絡といわれていた。




締め切り日数日後、リンダ君のもとに予選通過の連絡が入った。





青梅シンガーソングライターコンテストに続いての奇跡が起きた。
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記憶はやはり曖昧で、山科のライブにはまだ先があった。



2008年に青梅シンガーライターコンテストに出場した年末、体調を崩した和田君との活動を休止した代わりに、コーラスドランカーで初の年末山科ライブをやったと思う。




その時は、kohei君にマジマロ君、落陽のマスターもゲスト出演したのではないか。


翌年の活動は、厳しい位に精力的に活動した。



この年は3カ月に一回のペースでライブをやっていた気がする。



確か、夏に「夏一番」と名うったライブをやった。2時~8時位まで、たくさんのゲストを招いた。その中にアサやん、確かイージーも出たのではなかったかな。




そして、この年の一番の出来事が「NHK熱血オヤジバトル」だ。


それは奇跡と言ってもよかった。ペタしてね