湖の夕暮れ
海が撮影できる状態では無かったため、2日間湖の撮影を試みた。
撮影地:東伊豆一碧湖
写真は、Masahiko ITO Homepage
より「風景編」を参照下さい。
二日目の夕方、依然雨雲が残るもののその向こうに光る雲が出た。
撮影開始直後一瞬光が差した

その直後手前の雲も輝いた

それもつかの間、すぐに影ってしまった

その後はブルーの世界、このまま夕焼けが出ることは無かった

ただ、最後は北欧を思わせる夕刻の青い世界が広がり水面の明るさも少し残っていて何枚か撮影してみた。
撮影地:東伊豆一碧湖
写真は、Masahiko ITO Homepage
より「風景編」を参照下さい。
二日目の夕方、依然雨雲が残るもののその向こうに光る雲が出た。
撮影開始直後一瞬光が差した

その直後手前の雲も輝いた

それもつかの間、すぐに影ってしまった

その後はブルーの世界、このまま夕焼けが出ることは無かった

ただ、最後は北欧を思わせる夕刻の青い世界が広がり水面の明るさも少し残っていて何枚か撮影してみた。
休日の海
盆休みの早朝、西湘の海を撮影した。
撮影地:神奈川西湘
写真は、Masahiko ITO Homepage
より「風景編」を参照下さい。
この休日は海をテーマに撮りたかったが天候不振のため撮影できたのはこの時間帯のみとなってしまった。
西湘の海

多賀の山頂から初島を見下ろす

標高600mから雲を横から見る

西湘の海
久しぶりの青空、朝日に照らされた海がまぶしかった。シンボル的な雲を中心の構図で撮影。
多賀からの雲
標高の高いところから海を見下ろす。初島にかかる雲を横から見る画角で捕らえた。
空と海の境目が分からない天候状態でお互いの青が混じり合っていた。
撮影地:神奈川西湘
写真は、Masahiko ITO Homepage
より「風景編」を参照下さい。
この休日は海をテーマに撮りたかったが天候不振のため撮影できたのはこの時間帯のみとなってしまった。
西湘の海

多賀の山頂から初島を見下ろす

標高600mから雲を横から見る

西湘の海
久しぶりの青空、朝日に照らされた海がまぶしかった。シンボル的な雲を中心の構図で撮影。
多賀からの雲
標高の高いところから海を見下ろす。初島にかかる雲を横から見る画角で捕らえた。
空と海の境目が分からない天候状態でお互いの青が混じり合っていた。
同潤会上野下アパート
同潤会上野下アパートを見てきた。
今日は休暇を取っていてしかも暑さも一段落していたので先日予定していた、上野下アパートを見てきた。
現存最後の同潤会アパートらしいこの建物、存在すら知らなかったが会社のインサイダー情報で立替の可能性を知り見ておこうと思っていた。
どんな状況か全く分からない状況で取りあえず下見に行ってきた。
幸いにもまだ手つかずで現存していた。東向きの大通り側は一階に幾つかの店舗が入っており現役で、その上のアパート部も殆どまだ人が住んでいる様子だった。
稲荷町の駅から1ブロック入ったところの角地に建っており、南側も道路になっていて東の大通り側の建物と二棟建てになっていて思ったよりも大きかった。
東側清洲橋通り側外観


南側道路に面した塀も手つかずで残り昭和の遺産としての価値も高い

青山アパートを思い出すディテール

塀には2カ所タイルでデザインされた門が設けられている

敷地内には井戸があった、以前はここで住民が洗濯したり物を洗ったりしたのだろうか

もっと早く出かけようと思っていたのだが国会中継で石破さんが質問しているのに見入ってしまい出遅れた。
今回はあくまで下見のつもりだったのでいずれ時間を作り陽の差している時間にまじめに撮影したい。
青山アパートのように中庭式にしたりこのように塀で仕切ったりと、街と居住者空間を仕切る手法は当時としては画期的だったのだろう。敷地内に大きな樹木を残したり、花壇で飾ったり古い建物ながら住空間を演出する手法は今でも学ぶべきことが多い気がする。
代官山アパート、青山アパートと東京では失ってきたシリーズの最後を見られて感動した。
竣 工:1929年(昭和4年)4月30日
所在地:東京都台東区東上野5-4
設 計:同潤会建築部建築課
構 造:鉄筋コンクリート造4階建て、2棟
戸 数:76戸
今日は休暇を取っていてしかも暑さも一段落していたので先日予定していた、上野下アパートを見てきた。
現存最後の同潤会アパートらしいこの建物、存在すら知らなかったが会社のインサイダー情報で立替の可能性を知り見ておこうと思っていた。
どんな状況か全く分からない状況で取りあえず下見に行ってきた。
幸いにもまだ手つかずで現存していた。東向きの大通り側は一階に幾つかの店舗が入っており現役で、その上のアパート部も殆どまだ人が住んでいる様子だった。
稲荷町の駅から1ブロック入ったところの角地に建っており、南側も道路になっていて東の大通り側の建物と二棟建てになっていて思ったよりも大きかった。
東側清洲橋通り側外観


南側道路に面した塀も手つかずで残り昭和の遺産としての価値も高い

青山アパートを思い出すディテール

塀には2カ所タイルでデザインされた門が設けられている

敷地内には井戸があった、以前はここで住民が洗濯したり物を洗ったりしたのだろうか

もっと早く出かけようと思っていたのだが国会中継で石破さんが質問しているのに見入ってしまい出遅れた。
今回はあくまで下見のつもりだったのでいずれ時間を作り陽の差している時間にまじめに撮影したい。
青山アパートのように中庭式にしたりこのように塀で仕切ったりと、街と居住者空間を仕切る手法は当時としては画期的だったのだろう。敷地内に大きな樹木を残したり、花壇で飾ったり古い建物ながら住空間を演出する手法は今でも学ぶべきことが多い気がする。
代官山アパート、青山アパートと東京では失ってきたシリーズの最後を見られて感動した。
竣 工:1929年(昭和4年)4月30日
所在地:東京都台東区東上野5-4
設 計:同潤会建築部建築課
構 造:鉄筋コンクリート造4階建て、2棟
戸 数:76戸