風物詩
「アウトドアの件で取材を~」
とか
「海でバーベキュー!って言う特集を組みたいのですが…」
とか
夏を前にすると毎年色んな取材の話が舞いこんでくる。
マスコミというか情報誌系の人って
紹介してやるから協力しろ的な人のふんどしで相撲取ろうとしてるのに横着な人、
もしくは
何もわからないから何かアドバイスを的な企画丸投げお宅の雑誌、自分で何を記事にしたいのかわからないんですか?
な人が多いなぁ。
そういう空気を醸し出してる人は忙しいからなるべくお断り。
一緒に仕事してもきっと消耗するだけだ。
という事で、来週リビング福岡の取材を受ける事に。
具体的な企画出してくれたので準備しやすいので空いた時間で良ければ、というかんじで。
どんな記事になるのかなぁ。
台風が来る。
台風銀座枕崎で台風が来るたびに避難港に船がんじがらめにロープ張り巡らす船長たちの姿を見てきた俺としては、
とにもかくにも港へ行かねば!
と、出かけてみたら…
組合長「なんしにきたとや?」
俺「いや、台風対策に。船揚げたりするんですか?」
組合長「は?なんもせんくさ。ココは強かけん大丈夫と。」
…
たしかに、福岡は南側に陸地山地があるので北を抜ける台風は大したことがないこと多いけど、えらい違いや。
俺「でも心配なんでちょっと潜ってロープ張ったり、アンカーいれたりしてきます。」
ということで、一人ロープ張り巡らしてきました。
(港誰もおらんかった…)
これで一安心。
でも日曜日は心配で見に行っちゃうんだろうなぁ。
恒例行事
ひっさびさの完全OFF。
糸島ぐるっとドライブ。
唐泊で夏が旬な『岩ガキ』をGETし、早良の山奥でホタル観賞。
帰ってビール。
糸島の岩ガキ、酒蒸しに。
初めて食べましたが実がぷりぷりで美味い!
磯臭いのも俺好み。(好みあるでしょうが…)
蛍も我が家の恒例行事。
村上春樹さんがスピーチで日本人の無常観について語ってましたね。
まさに。
ラストサムライやなんかのハリウッド的エンディングにとっても違和感を覚えるに日本人的俺としては、
そういうことか、と、思う訳で。
以下村上春樹さんスピーチより抜粋
日本語には無常(mujo)という言葉があります。
いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。
この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。
永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、
この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、
民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。
「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。
人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。
しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。
自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。
それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。
桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。
どうしてか?
桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。
我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。
そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。














