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P-MANのブログ

素人カメラマンP-MANの撮影日記

今日は、3.11


あの東日本大震災から4年が経ちました。


埼玉でも震度5強の激しい揺れがありました。

当時、橋の建設工事をしていて、構造物が壊れるんじゃないかと思ったくらい。


そして、ニュースで見た衝撃の映像。


津波で流される街・・・

原発の事故・・・


本当に、日本はもうダメになるんじゃないかと本気で思った。


震災後に、ボランティアで宮城県の東松島市で行ってきたのだが、

その時の写真を一部公開しようと思う。








壊れた駅舎「陸前赤井駅」











至る所に倒壊した民家が・・・・









僕が行ったときは、線路も流されて、駅も壊れてまだ電車が通ってなかった。


写真を撮ることを一瞬ためらったのだが、


今、日本で起きていることを、目の前で起きていることを記録に残しておこう、


次の世代に伝えておこう、と思い。


不謹慎と思いつつもシャッターを押した。













作業は、道路の側溝にたまった海砂や、ヘドロの除去作業がメインでした。


海から5km以上離れているのに、こんなところまで津波が・・・。


自然の力の猛威と、人間の無力さを感じた瞬間だったな。





実は、仙台には前の会社にいたときに住んでいたことがあって、


当時の仕事仲間がいたり、地元の中学の後輩がいたり、知り合いが多くいたので


震災直後は、本当に安否が心配だった。


たとえ期間が短くても、住んでいた町というのは特別な思いがあるもので、


とても他人事とは思えなかった。



復興も、まだまだ完全ではないが、道路も、鉄道も使えるようになり、


高台への移転も始まって、新しいまちづくりが始まってきた、という感じかな。


よく、復興が遅れているという報道を目にするが、


そもそも何を基準に遅れている、と言っているのだろう?


今回の震災は、範囲も規模もダメージの大きさの全てが、今までの災害とは桁違いで、


津波で流された町を、瓦礫の撤去などが全て終わった後で、今度は1から作り直さなければならない。


しかも、元通りにするのではなく、津波対策を考慮した新しい計画にしなければならない。


家の移転件数も、建設工事に係る費用も天文学的な数字になるはず。


4,5年で終わるわけないだろ。


出来る事を1つづつ地道にやっていくしかない。



被災された皆さんが、以前と同じような、いつもと変わらない日常を取り戻すまで、


陰ながら応援したい。


僕らにできる復興支援は、何も、寄付やボランティアだけではない。


被災地に観光に行き、地元のお土産や、地元の美味しいものを食べて、地元にお金を落とす。


これも、立派な復興支援です。


あと、お近くのスーパーやデパートでも、東北産の海産物、農作物、お酒をいっぱい買いましょうね。



なんだか、よく分からない内容になってしまいましたが、


改めて、震災でお亡くなりになった多くの方々のご冥福をお祈りいたします。