寝ても覚めても部活一色。3年間で練習の休みは元旦のみ。「日本でもっともハードな練習をする高校」と専門雑誌で特集が組まれるほど部活動に明け暮れた3年間の高校生活を終えた自分は、この世の自由という自由を手に入れたような喜びを一身に浴び、目に映るものすべてを刺激的に感じていた。
そして、娯楽の乏しい東北地方の田舎町の手軽にてきる暇つぶし、その象徴ともいえるのが、インターネットだった。オタクだけが入ることの許される世界。そんな固定概念を持っていた自分であるが退屈という感情に勝てずに大きな背伸びと小さな変装をして飛び込んだあの日をきっかけに、自分の人生はニコ厨という名の坂道を急激に転がり落ちていくことになる。
自分が高校を卒業した2008年といえば、ニコニコ動画がその確固たる地位を築き始めていたニコニコ動画(SP1)時代。いま考えると、ちょうどニコニコ大会議が開催されたり、ニコニコ動画(夏)、ニコニコ動画(秋)と立て続けに機能が追加され、さらにID登録者数が1000万人を突破と言うなればもっとも伸び盛りだった時代だったのだけど、ニコニコ動画内での流行りのジャンル(当時はまだアニメ本編の丸上げや初音ミクの全盛期であったと記憶している)に全く興味のなかった自分は、スポーツタグで「今日のホームラン」や「細かすぎて伝わらない選手権」しか見ていなかった。そんな自分ではあるが、徐々にゲーム実況や今まで敬遠していたアニメを見るようになり、いつしか学校にいるよりもニコニコ動画を見ている時間のほうが長くなるという、そんな生活サイクルができあがっていった。
そして、そんな生活を繰り返しているうちに2008年年末、もっと詳しく言うと2008年12月12日。
この日ついにニコニコにおいてユーザー生放送がサービス開始されることになる。
書いておいてなんだが当時の自分はそんなサービスが開始されていることなどまったく知らずに年越しはダウンタウンの「笑ってはいけない」を見ながら年を越し2009年を迎えた。
年を明けてからもしばらくは大学に入ってから知り合った自分の数少ない友達の1人のアニメオタクから紹介してもらった、「涼宮ハルヒの憂鬱」や「ひぐらしのなく頃に」を鑑賞し着実にキモオタ街道へ一直線に進んでいくのだがこのときに紹介されたアニメの一つがそう
「CLANNAD」である。
実を言うと自分のハンドルネームの名前の1部もこのアニメのキャラクターから拝借しているもので当時このアニメを見たときは衝撃を受けたものである。はじめてアニメのキャラクターに恋愛感情に似た感情を覚えアニメの放送が待ち切れずにゲームを購入してしまうほどのはまりっぷりであった。
そんなCLANNADにはまってしまった自分はニコニコ動画でCLANNADのMADを見ながらニヤニヤして過ごしているうちについに見つけてしまった。いや、あえて出会ってしまったと言わせて頂く。
まったく興味を示すことの無かったニコニコユーザー生放送の放送タイトルの中に
「CLANNAD好きの人おいで~」
数日後、そこにはニコニコ生放送のヘビーリスナーとして一心不乱にコメントを打ち続ける春原青年の姿があった。
そしてそのとき出会った生主の何気ない一言が自分をニコニコ生主の世界にいざなうのであった。。。。
-当時見ていた放送-

[放送主]我流儀
[放送ジャンル]雑談、エロゲ実況
[一言コメント]
軽妙なトークと持ち前の人間力で春原青年を虜にした放送主。
先輩の家でだべっているかと錯覚させられるほどの我流儀ワールドを展開しており
彼の放送が始まったことを理由に学校をサボった回数は数知れない。
また、春原青年が生放送をはじめるきっかけとなった生主でもある。
残念ながらもうニコニコ生放送等の活動はしてはいないが自分の中では今でも胸を張って1番面白いと言える生主の一人だ。






