暗転して一番初めに思ったこと。

―ここは宇宙だ。

360度客席に囲まれている上に
段差がそこそこあり、
その客席通路を使う演出上、
至る所に貼られた蓄光のバミテープが、
ぼんやり暗闇に浮かぶとまるで
宇宙に輝く星のよう。
そして、その宇宙に瞬く数多の星のように、
この地球上たくさんいる人類の中で、
白い立方体に囲まれた「家族」という
小さなコミュニティに、
血を分け生まれた3組の兄弟のお話。

る・ひまわりさんの【僕のリヴァ・る】
前楽を観てまいりました。
シンプルなセットに4人の役者。
決して広いとは言えない劇場には、
マイクがあったのかもしれませんが、
少なくとも最低限。
聞こえてくるのは、スピーカー越しの声ではなくて、
良く通る役者自身の生の声、微かな息遣い。
公演時間が休憩なしの90分と聞いたときには、
「短いな?」と感じたのだけれど、終わってみれば
長くもなく、短くもなく、
むしろ余韻と言う味わい深い時間を含めて丁度良い、
とても充実した時間を過ごすことが出来ました。

セットについても、全編を通して中央に細長い舞台。
それを取り囲む枠のような白い骨組みと、
同じく白い枠だけの出入り口。
そして、椅子、ベビーベッド、
絵のない枠だけのキャンバスとイーゼル……
という簡素なものばかりで、
それがまた想像を掻き立てるのが、
まさに演劇!って感じでとても楽しかったです。

以下感想。
オムニバス形式なので、プロローグも含めて4つに分けます。

【0:プロローグ】
導入編。初めて演劇を見る人にも優しい解説。
タイトルの「リヴァ・る」は、
フランス語でライバルのこと。
最後の「る」が平仮名なのは、
この芝居においては特に意味はないこと。
(る・ひまわりさんのこだわりなので、
いわゆる大人の事情というやつですね)
3つのお話は連続したお話ではないこと。
2つ目と3つ目には原作があること。
それから、1つ目には人形を使うよ、
ということが丁寧に説明されます。

山下さんと拡樹くんがそのプレゼンター。
白いシャツに白いパンツにサスペンダーをした拡樹くん。
なんだか、街角にいるパフォーマーみたいな格好なので、
これから何か楽しいことがあるんだなあと言う
わくわくした期待が心を明るくしてくれる。

客席との距離も近い。
丁寧にお辞儀をしてくれる姿が、
思った以上に間近だったし、
その衣装にとても似合っていて
なんかよくわかんないけどとっても、
拡樹くんだなあと思って
微笑ましい気持ちになりました。

【1:タロウとジロウ】
兄弟その1。
生まれたばかりのジロウと、その兄タロウの話。

中央に置かれたベビーベッドの上には、
赤ん坊の人形ジロウと、
それを覗き込む子どものマネキン人形、タロウ。
タロウは3歳。
言葉もたどたどしくようやっと
意思疎通が出来るようになったくらい。
役者はその彼らの心の声を演じている。
中々に生意気で計算高いタロウが、安西くん。
低く良い声で泣きつつ、
やっぱり計算高いジロウが、コバカツさん。

笑った。とにかく笑った。そして頷いた。
言葉をほとんど持たない赤ん坊と幼児が、
本能でしているであろうことを、
敢えて言葉にする面白さ。
果たして本当にこんなことを思っているのかは
全然判らないが、
きっとこうなんだろう、と経験や想像から
大人がアテレコした兄弟の風景。

これはどこにでもある兄弟の話なんだと思う。
私自身は1人っ子なので、こんな経験はないのだけれど、
兄弟のいる友人達がみな声を揃えて言う経験なので、
きっと兄弟なら誰もが感じた事がある気持ちなのだ。

弟が生まれてからと言うもの
両親からチヤホヤされなくなった兄は
最近何もかも面白くない。
「弟なんていなきゃ良いのに」と思いながら、
両親が留守にしている間、ベビーベッドに転がる、
平和な家庭に突如現れた
小さなモンスターと対峙している。
そして、その兄からの純粋な敵意を肌で感じる弟。
弟は弟で、兄の事を「なんだ?こいつ」と思っている。
「兄弟」と言う関係性をまだ理解していない2人が
お互いにめらめらと燃える気持ちはまさに「リヴァ・る」

でも良く考えれば、そりゃそうだ。
同じ両親の元に生まれたがゆえに、
人には「兄弟」って呼ばれるけど、
本人たちの意志ではないし、
「はい!今日から兄弟!」って言われても
幼い子どもには中々理解出来ないし、
気持ちは置いてけぼり。
だからお互いが未知との遭遇なんだよね。
お互いをじっと観察し、
自分勝手に文句を言う光景は、
大人からすれば面白いし微笑ましいんだけど、
狭い世界に生きる本人たちは至って大真面目。

じっと見詰め合い膠着状態を保つも、
「でも、嫌いじゃない」
という曖昧な気持ちを確かめ合って、
何となく兄弟という関係を理解して、
永遠の一番身近なライバルだと、
受け入れるのがかわいい。

「でも、嫌いじゃない」
この言葉が私はとても気に入った。
好きっていうほどでもない。
むしろどちらかと言えば好きじゃない。
そんな感情をお互いに好き放題言っていたのに、
弟の顔をじっと見詰めて、
ぽつんと呟く安西くんの芝居が優しくて。
賑やかで自由だった何かが、
その言葉がきっかけで急激に、
小さく収束するのが良かった。
曖昧だったものが形を得て、手のひらに収まった感覚。
そして、そんなことを言われて「えっ?」って驚きつつ
どこか嬉しそうなコバカツさん演じる弟。
2人は晴れて認め合い「兄弟」になったのでした。

ちなみに、山下さんはタロウジロウの祖母で、
タロウのセリフの中から察するに、そのばあばの他に、
パパ、ママ、嘘つきなおじさんというのがいるらしい。
途中、2人の兄弟だけの家にその祖母と、
祖母と親しげに話しながら、
もう1人男性が帰ってくる。
その男性役の拡樹くんが登場した時、
黒の革ジャンに細身のパンツ、
指に指輪をジャラっと付けてて、
かなり若めで格好良い感じだったので、
これはきっと、タロウの話にあった
「嘘つきなおじさん」で、
私の中では、23歳、独身。
タロウの母の5歳違いの弟。
売れないミュージシャン。
でも根は良いやつ。
ってところまで妄想して、確信してたんです。
でも、ミルク作ってくるわ、といなくなったあと、
キッチンから祖母を呼ぶ情けない声に祖母が
「ミルクも作れないなんて駄目なパパでしゅね~」
と言ったことで私の頭がミルク色に爆ぜました。
おい、ちょっと待て!!
えっ!?パパなの!?パパだったの!?
それならもっと見方変わったよー…と、
一回しか観劇出来なかったことを一番後悔したのはここでした…。
拡樹くんが、2人の子どものパパ…そうかパパか…。

【2:ヴィンセントとテオドルス】
兄弟その2。
画家ヴィンセントとその弟テオドルスの話。

私は3つの話しの中で一番この話を楽しみにしていて、
拡樹くんがゴッホを演じると知って狂喜乱舞した人間です。
私はゴッホ兄弟のことは昔から知っていて、
彼らの人生は好きな題材であるので、とっても嬉しかった。

何の因果か同じタイミングで舞台化される「さよならソルシエ」は
原作を読んだ事がないし、舞台もちょっと行けそうにないけれど、
あれもゴッホ兄弟の話しだと聞いてかなり観に行きたい。
こういうとき気軽に観にいけない地方民の辛さを実感するわ。

…さよならソルシエ、ライビュ求む。
だめならDVD観るので、DVD出してください…

……話がそれた。
本音を言えばこれだけで一本見せられるくらいボリュームがあって
濃い兄弟の話なのだけれど、場面場面を切り取って描かれる彼らの
兄弟ゆえの苦悩と深い愛情は
充分伝わって、話を知ってるだけに割と序盤から号泣。
拭くのも面倒でボタボタ涙を垂らしながら観ました。

ゴッホ兄弟の話は語り出すとうるさいので、詳しくは割愛するけれど、
人の世を生きるにはあまりに純真であまりに真面目過ぎたヴィンセントと、
その兄の才能を認め、悩みながらも深く愛したテオ。
「二人は生くるにも死ぬるにも離れざりき」と2人の死後、
テオの妻が2人の為に捧げた聖書の一節からも
2人の関係が普通の兄弟と言うにはちょっと異常なほどだったのが分かる。

拡樹くんの理解される人になりたいと思うのになれず、
絵を描く衝動をも半ば持て余しながら生きるために描き、描くために生きる生活。
いつテオや友人ゴーギャンに見限られるかという不安と、
気にかけてもらえる喜びとで段々不安定になって行く様は凄かった。
コバカツさんのゴーギャンもとても良かった。
ゴーギャンって結局ヴィンセントの元を去るのだけど、
忘れたことはなく、ゴッホ兄弟が死んだ後も影響を受けてるし、
時折、思い出したりしてんだよね。
ある意味似たもの同士であこがれだった。
一回しか観てないからいっぱいいっぱいで、
ちゃんと考察出来ないのが残念だけれど三人の立ち位置が素晴らしかった。

舞台には赤く塗られた枠だけのキャンバス。
それがなんだか血にも見えたし、
彼の大好きだった太陽にも見えた。
とにかく、ヴィンセントが命を削るように生き急ぎながら
そこに絵を描いていたことは伝わってきた。
舞台のどこにも絵はなかったけれど、確かにそこにあった。

色彩もほとんどない簡素な舞台セットだけど、だからこそ
私はその子どものように声を上げるヴィンセントの慟哭にうねりと色を観て、
兄の死後、痛みが過ぎてからっぽになってしまった
テオの悲しみの背中越しにその絵を見た。

最後に、キャンバスに話しかけるテオが観たのはどの絵だったのだろう。
花咲くアーモンドの枝であれば良いなあって思うのは、
私がこの兄弟を知ったきっかけがこの優しい絵だったからだと思う。
日本の浮世絵の影響も受けたヴィンセントが、
生まれてくるテオの息子のために、襲ってくる狂気と激情を宥めながら
忍耐強く、ただただ祝福と喜びだけをキャンバスに載せた絵。
同じ桜科の花ということもあって、
私は初めて本で観た時、綺麗な桜の花だなあって思ったんだけど。
本当に優しくて良い絵なんだよね。
ゴッホのひまわりよりも私は名作だと思うし、
もしオランダに行く事があったら実物を観てみたい。

あぁ、でもやっぱりゴッホ兄弟だけで長いの観たかったなあ。

【3:カルロとジェロニモ】
兄弟その3。盲目のジェロニモとその兄カルロの話。

優しいキスはなかったけれどもそのかわり
キスのように優しい触れ合いがあった。
ゴッホ兄弟のようにぼろぼろ泣きはしなかったけれど、
息を詰め、ぎゅっと奥歯を噛み締めた。

幼い頃、自分が原因の事故で失明させてしまった弟がいるカルロは、
その事を悔い、一生を弟にただ寄り添い生きるのが己の人生だと思っていた。
弟歌う歌のチップで暮らす放浪生活。
だが、ある時兄カルロが弟ジェロニモの元を少し離れた隙に、
男が1人盲目のジェロニモに近づいてきた。
何が目的だったか知らないが、男は気紛れにジェロニモに、
「先程連れの男に20フラン金貨を渡した」と告げる。
そうしてわざわざ連れに気をつけろ、と忠告をする。疑心の種だ。
「連れの男は兄なので、何も心配はいらない」と答えるジェロニモ。
この時点ではジェロニモは兄を疑ってはいない。
そして戻ってきた兄に20フラン金貨を触らせてくれと頼むジェロニモ。
そんなものを持っていない兄は、「そんなものはない」と正直に答える。
ジェロニモの脳裏に男の言葉が過ぎる。
「もしかしたら兄が金貨を隠しているんじゃなかろうか」

そこからの展開がかなり心に痛い。
兄が否定をすればするほど、疑心暗鬼になる弟。
ツラい。本当にツラい。
でも仕方がないことなのだ。
彼の世界は閉ざされていて、見えない。
真っ暗な世界には、道を照らす星もなく、兄しか頼るものがない。
悪戯に悪意で彼に20フランの存在を仄めかした男には怒りしか覚えないが、
でも男はジェロニモの心の鍵を外しただけに過ぎない。

小さな頃、自分に怪我をさせた負い目から傍にいる兄。
気にしないで、って言えたら良いけれど貧しく盲目である以上、
彼を縛り付けておかないと生きていけないジェロニモ。
いつか兄が離れていったらどうしよう。
その漠然とした積もり積もった不安が零れ落ちたんだろうと思う。
「女にあげるんだ!!」そう彼は言う。それも彼の不安だろう。
兄に女が出来れば自分が捨てられるかもしれない。
悪い方へ悪い方へ傾いていく感情は、兄も同じ。
けれども、思い詰めた挙句に兄は信頼を取り戻すには
20フラン金貨を本物にしてしまえば良いのではと思い、
同じ宿に宿泊している裕福な客から20フランを盗み出す。
盗んだ金貨をジェロニモに握らせるカルロ。
これで仲直りが出来ると思いきや、
逆にやっぱり持ってたんだ!とののしる弟。
ここまで来ると、実はもう随分と前から弟は自分を信じていなかったのでは、
と深い悲しみと絶望に襲われる。
コバカツさんの表情一つ一つが真摯でとても悲しい。
満ちる沈黙。もうお互いにかける言葉を持っていない。
自分の殻に閉じこもろうとする2人。

その長い沈黙の間、ずっと不安そうに金貨をいじる安西くんジェロニモ。
おそらく報われない兄を思う人が多い中、
私はジェロニモも不安なんだろうなと思って胸が痛かった。
今や信頼していた兄にも裏切られ、ジェロニモが頼れるのは手の中の金貨だけ。
沈黙って見える人間にも堪えるけど、
見えない人間にとっては凄い恐怖だと思う。
相手が何をしているのか全く情報がなくなるから。
そこに憲兵がやってくる。
彼は兄弟に盗みの容疑がかかっていると告げた。

個人的に彼ら兄弟の不安要素を引きずりだし、
壊したきっかけを与えたのが拡樹くん演じる男ならば、
その不安をまた信頼に結び付けるきっかけを与えたのも
拡樹くん演じる憲兵というのが面白い。
「お前がやったのか」
聞かれてカルロは頷く。そして弟の顔を見る。
その時のコバカツさんの顔。何とも言えない顔だった。

カルロは弟の目から光を奪った後、
その罪悪感から何度も死のうとした。
でもその寸前にいつも見つけられ死ぬことは叶わない。
そしてそのことを牧師に告げると牧師は、
じゃあその命を弟に寄り添い捧げる事に使いなさいと言った。
そして、あぁ、それは悪くないとカルロは納得した。
それから今までずっと弟に尽くしてきた。

でもそれってきっと、生きる意味を弟が与えてくれたのと同じなんだよね。
だからこそ、「弟がいなければ生きてこれませんでした」って言葉に繋がるし、
それを理解したからこそ、ジェロニモも手を伸ばした。
結局、2人ともお互いにお互いが生かされていたってことだよね。

涙を流すカルロの頬を撫でるジェロニモ安西くん。
身長差があるからか、少し背伸びしてカルロの頭を撫でる姿も美しいし、
兄の顔を確かめるように、撫でる姿も凄く愛しさが溢れていた。
疑っている時に、「兄さん今笑ってるだろ!」っていう一言があるけれど、
あの時は触って確かめてはいない。
でもジェロニモは顔に触れないとどんな人か分からない。
それは老婆に会った時にも言っていた。
きっと彼の手に久々に触れる兄の顔はどんなのだろう。
少なくとも、罪を償う兄弟2人の心は晴れやかなのでは?と思う。

【まとめ】
3組の兄弟の話の終わり方がいつも向き合っているのが良いなあ…
ヴィンセントとテオは、ヴィンセントがいない代わりに
彼の命そのものの絵とだったけれど。

兄弟っていうのは、私にはいないんだけど、
おおよそ血縁の場合は生まれ付いての身近な年の近い人間で、
それは一番のライバルであり、親友であり、深い絆の関係性なんだろうなあ。

コバカツさん、拡樹くん、山下さんの演技はもちろんのこと、
今回2.5次じゃない安西くんを初めて観た。
安西くんのお芝居はとっても素敵だなあ。
どの役にも真摯で、でも自由で楽しそうで魅力的。
お芝居が楽しくて好きなのが伝わってくる。

ただ1つ残念だったのは、360度舞台ってことで、
背中を向けられてしまうと声の質なのか、
若干コバカツさんのセリフが聞き取れなかったりしたのだけど、
その分、表情や息遣いでたくさん伝わるものもあったから良いかな。
って思ってたら、公式blogさんに台詞付きでアップされた!
やるなあ、るひまさん。
かゆいところに手が届くし、役者の稽古のこぼれ話を
毎日更新してくれていたのは優しくて好き。

僕のリヴァ・る。
中々言葉にしづらい感情と、舞台の醍醐味を味わった良い舞台でございました。
明け方家を出て、新幹線で東京について、観劇してまた新幹線で帰る、
東京滞在時間6時間の弾丸ツアーだったけれど
行ってよかった!
凄く有意義な週末でした。

る・ひまさん、DVD頼むよ!