あなたが心地よく明日をむかえるお手伝い

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サロン零-Rei- あなたが整う癒しの空間
倉敷にある個人サロンです
リラクゼーションに真面目に取り組んでおります

それ

本当にワタシが選んでる?

    

最近はこんな問いかけを自分にすることが増えた

   

前にも

ワタシの価値観の真偽について書いたけど

   

1日の中で

この問いかけをしながら生活すると

   

まぁ疲れるダウン

   

今までどれだけいい加減に思考停止で選んでいたことか

って証拠だよね

   

特に買い物するときは時間がかかる

   

これを買うのをワタシは本当に喜びで選んでいるだろうか?

誰かの思考で選んでないだろうか?

ワタシが本当に望んでいるものだろうか?

   

なんてやっていると

そのうち

  

こんな風に考える必要が出てくること自体

本当に喜んでも望んでもないものだ

  

という結論に行き着く

  

そして

だんだんと

わけもなくブラブラする

という時間が減った

   

減らす時間があったということは

時間の浪費をどれだけしていたかってこと

   

全く我ながら呆れる

   

ひとつひとつ検証していくと

ワタシは相当な浪費家だったってこと

    

まぁ

浪費するほど時間とお金があったってことだけど

時間は命

なので

もうそろそろ無駄にするのはやめます

    

まだまだあると思うな

時間は命

   

ドキドキドキドキドキドキ

    

   

 

 

 

 

ワタシが脳の仕組みの勉強を始めた頃

信頼している先生に

悩みを相談して言われた

   

それって普通ですから

みんなありますから

   

という言葉にショックを受けた

   

だって

ワタシ

ずっと

特別な存在

唯一無二な存在

だと

思って生きてきたもん

   

 

でも

ヒトについて学んでいくと

   

その意味が変わってきた

   

   

それって普通だけど

みんなあるけど

  

その前に

同じになり得ない

ということ

   

脳の中で認識していることは

人それぞれ全く同じになり得ない

  

先生はそれをわかっているから

   

それって普通ですから

みんなありますから

   

なんの迷いもなく悩んでいるワタシに言えて

そこには

    

だから

安心していいよ

   

というメッセージと共に

 

   

システムは同じだけど

脳内で出来上がるドラマは

ひとりひとり同じにはならない

 

故に

やはり

唯一無二

なのだ

   

だから

アナタ

特別な存在だということ照れドキドキ

   

 

ということを

おっしゃっていたのだな

    

みんな

なにもしなくても

生きているだけで特別な存在なのよ   

 

    

 

 

 

 

 

 

まぁ

小さい頃から生きづらかった

  

というのも

こだわりが強くて

  

これはこうじゃなきゃ嫌

が多い子供だったように思う

  

故に

親からは扱いづらい子

  

大人からは

頑固で強情な生意気な子

  

友達からは

めんどくさい奴

   

だったのだろう

   

  

でもって

人と違う

ということの理解に欠けていたので

自分の言うことが通じないとよく癇癪を起こしていたように思う

  

特に親には

  

自と他

の認識ができてきた頃には

どうやら自分は他と違うらしいということに気がついて

今度は

皆と同じように振る舞うことで安心を得ようと思った

  

そして

他人の目を中心に物事を図るようになり

それに慣れて大人になった

   

そうすることで

割と人生楽勝だったように思う

   

ところが

今になって思うのだが

それって安心した人生じゃなかった

 

 

ワタシには幼馴染という存在

がいない

   

というのも

クラス替えがあればそのクラスから浮かないように

友達グループが変わればグループから浮かないように

進学すればその時の状況から浮かないように

やってきたから

  

ずっと変わらないワタシ

の存在がなかった

 

故に

ずっとそばにいて成長した友達

の存在はない

 

ワタシ

はあったはずなのに

いつの間にか

どこか奥深くに封印してしまったらしい

  

だからいつもどこか他人事で

本気になれず

虚に過ごしてきたのだろう

   

こだわり

という価値観は他人それぞれ

みんな違うのが普通

だと教えてくれる存在がワタシの周りの大人にはいなかった

   

いたのかもしれないけれど

ワタシの世界には認識されていなかった

   

ヒト

のことを学び出したときの1番の衝撃は

   

みんな同じものを見ていても同じようには見えていない

みんな同じ音を聞いていても同じようには聞こえていない

みんな同じ状況でもそれぞれの脳の中で起こっていることは違う

   

ということだった

  

当たり前のように

   

みんな違ってみんないい

とか

十人十色

など言っていたけれど

その理解は薄っぺらくて

何にもわかっていなかった

   

もし

このことを本当に理解していたなら

ワタシの人生はどれほど楽だっただろう

    

こだわりはあって当然

それは誰にでもあって

それぞれ違ってて

それに対して恥じることも隠すこともなかった

   

ただ

それに固執するあまりに社会でやっていけないのは問題

  

ちゃんと社会で生きていくために

個人と社会を行き来できるようにする

   

これが成長というものだろう

  

こだわりには良いも悪いもない

あって当然

 

けれど社会で生きていくヒトとして

お互いのこだわりを学び合うこと

 

ワタシの残りの人生

まだまだ学びが尽きないのだ

 

安心するために

    

 

小さい頃からずっと好きな唐揚げ

幸せの味

 

    

 

 

前回ご紹介したこちらの本

 

 

 
 
 
 

 

この中に今のワタシのイライラをハタと止めてくれる文章がありました

   

『期待ばかりしない。

今日一日、誰かに頼らないで、いい1日にすると決める。』

   

    

    

現在忘れゆく人(年老いた父)と暮らす中

イライラすることは山ほどあります

  

むしろしない瞬間がない

  

同じことは何度も聞かれるし

やらないでほしいことはするし

やってくれたとしても中途半端に終わらせて後片付けしなきゃだし

ご飯は残すし

こぼすし

いちいちやることなすこと確認されるし

ちょっと姿を消すと大声で探されるし

テレビに話しかけたり怒ったりうるさいし

  

最近は骨折もして

お医者様から禁止事項を言い渡されているので

余計に注意しなきゃいけないことが多くてイライラ

   

でもこの文章を呼んだ時気がついたんです

   

期待してたぁぁぁぁ笑い泣き

    

理想の忘れゆく人像を演じてくれること

ワタシにとって都合よく動いてくれること

ワタシの言った通りにしてくれること

  

つまり

ワタシを気分よくしてくること

を期待していたようですグラサン

   

だから

 

同じことは何度も聞かれるし→聞かないでくれるだろうという期待

やらないでほしいことはするし→やらないでくれるだろうという期待

やってくれたとしても中途半端に終わらせて後片付けしなきゃだし→片付けてくれるだろうという期待

ご飯は残すし→残さないでくれるだろうという期待

こぼすし→こぼさないでくれるだろうという期待

いちいちやることなすこと確認されるし→確認されないだろうという期待

ちょっと姿を消すと大声で探されるし→放っておいてくれるだろうという期待

テレビに話しかけたり怒ったりうるさいし→静かにしてくれるだろうという期待

    

とずっと無意識にしていた期待があったことに気がつきました

  

だからそれにそぐわないとイライラ

   

誰かに期待しない

意識を変えるだけでご機嫌になれるいい訓練

  

本って同じ本を読んでも

読む時の状況によって響く文章が全く違う

   

今のワタシにとってはこれが一番響いたなぁ

 

 

最近読んだ本の中で

久しぶりに涙したのがこちら

 

 

 

 

 

主人公は思春期の男の子

 

その男の子が成長していく物語

  

人生において何が必要でどんなふうに生きていけばいいか

自分とどう向き合うか

世の中とどう向き合うか

など

伝えられることは普遍的な題材ではあるのだけど

 

 

喜多川さんのすごいところは

そんな普遍的な

わかってるわーーーーーーーーい

といいたくなるようなことも

 

押し付けがましくなく

説教くさくなく

優しく染みてくるところ

 

この物語でいくつか心に残る文章があったのだけど

当たり前で普段の生活に流されて忘れていることを

はっと気づかせてくれました

  

読書というのは究極の自己解釈が可能な媒体で

同じ文章を呼んでいても

その人の頭の中に広がる景色は千差万別

 

存分にそのワタシの中に世界を広げて満足した上で

それをどう社会の時間に生かしていくか

   

命という大切な時間を娯楽で終わらせるか投資にするかは

自分次第

   

というわけで

ブログを再開したりしております

 

雨が止んだ後は傘忘れがち

雨が止んだけど

ソバニイルヨ